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木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢 が  見たこと 聴いたこと 感じたこと

2018年度上方文化講座 『妹背山婦女庭訓』

先の建築日記に続いてようやくの夏の宿題第二弾、夏の終わりの上方文化講座受講録です。
色々なものがたて続けに壊れてしまったこの夏の終わりに、ノートパソコンの液晶画面までもが壊れて映らなくなってしまい、その修理が9月の下旬までかかってかように遅くなってしまいました。(とは単なる言い訳・・・?)

その前に
この夏、歌舞伎では高麗屋襲名披露の華やかな公演で 「女殺油地獄」 を観劇、文楽の派手に滑りまくる与兵衛を生身の人間がどのように滑るのか興味津々でしたが、さすがに生身とあってかなりリアルに油にまみれて滑って滑って!楽しめました。(が、勘十郎さんも観劇されたそうで、上方文化講座で一言コメント 「滑り足りない」 と物足りなそう、派手に滑るさまを人形で遣う師ならではの感想?でした。)
文楽では第2部名作劇場の 「卅三間堂棟由来」「大塔宮曦鎧」 を観劇しましたが、加えて文楽素浄瑠璃の会 「和田合戦女舞鶴 市若初陣の段」「曲輪文章 吉田屋の段」 を楽しみました。
上方文化講座で素浄瑠璃にも目を開かせていただき、一度文楽劇場の公演に と思いつつもなかなか日が合わずで延び延びになっておりましたのが、今年はやっとかないました。初めてのことゆえ事前にそれぞれの演目の床本を読んで劇場に出掛けたのですが、ちゃんと劇場の方でも解説を用意してくださっているのですね。語りの前に上方文化講座ご担当の久堀先生が舞台で芝居の成り立ちから背景あらすじ、そして聴きどころなどを丁寧に解説くださり、床本を読んだだけではチンプンカンプンでした和田合戦なども 「ああ、そういうことだったのか・・・」 とようやくわかった上で語りに接することができ、素浄瑠璃の魅力に触れることが出来ました。
この公演では素浄瑠璃の後、歌舞伎の仁左衛門さんと語り終えたばかりの咲太夫さんのお二人による、吉田屋についてのトークがあり、これがざっくばらんなお話しで楽しいものでした。

さて
今年の上方文化講座の演目は平成28年4月の国立文楽劇場でも通しで上演されました 「妹背山女庭訓」、その際には一日がかり10時間ほどで第一部第二部を通して観ました。第二部途中では意識が途切れながらも・・・

今回の講座で取り上げられましたのは、妹山背山の段ではなく 杉酒屋の段から金殿の段に至る四段目でした。
平成28年の公演の際には通しと言いながらも初段から忠実に順を追って ではなく、二段目が二つに割られて第一部が 〈初段+二段目のごく一部+三段目〉、第二部が 〈二段目+四段目〉 という分け方で上演され、別段気にもしていませんでした。公演パンフレットには、作品の中の二つの大きな流れを分けてそれぞれ楽しめるように、と書かれていましたが、今回の講座では種明かし、なるほど・・・興行上の理由であったのね!
そのままの流れで行くと、第一部が初段と二段目となって地味で見せ場に乏しく、吉野川を挟むあの妹山背山の段と道行恋苧環や金殿の段などが第二部に集まってしまって、そうなれば当然お客は第二部に集中してしまう というのがどうやら真相のようでした。もちろん観る側としても見せ場があちこちに散らばってくれた方が意識が継続して観ることができるとは思いますけれど・・・
そして、妹山背山の段についても、舞台の造りから左右二つの床での語りの変遷が丁寧に解説されました。
先行作の 「役行者大峯桜」 では男女をそれぞれ別の太夫さんが語るというつくりであり、対峙する双方の家には男女それぞれが含まれ従って語りの床は家別とはならず同じ一つの床であったようです。それが妹背山では、それぞれの家の登場人物を男のみと女のみに分ける工夫により、太夫の語りを男女で分ければすなわちそれぞれの家毎になり、吉野川をはさんで上手下手に分かれる妹山背山そのままに、大夫の床もそれぞれに側に分けることが可能となって効果的な演出となったとのことです。当初太夫三味線は舞台のうちに隠れて語っていたものが時代の流れの中でやがて御簾内の語りとなり、そして出語りとなって床の位置も現在のような舞台側方上手側となりました。妹背山も語りの床が妹山背山と別れていたとしても、当初恐らくは客席からは見えない位置であったものが出語りとなり、吉野川を挟んで上手下手に妹山背山の屋敷が対峙する形とともに床もまた双方の位置に設けられた現在の姿となって、視覚的にも非常に演出効果大となったようです。初めて妹山背山の段を見た時は、左右に広がる舞台の迫力に圧倒されたものでした。
その上なんとまあ、江戸時代の道頓堀での芝居小屋は通りの南側に建っていたため、舞台の上手は現実の方位では西、下手は東となって、
上手の背山=父と息子=西風(竹本座の芸風 男性的)の語り口=地理上の西
下手の妹山=母と娘=東風(豊竹座の芸風 女性的)の語り口=地理上の東
と見事に一致、現在の国立文楽劇場では舞台は客席から見て北側ですので残念ながら上手は東、逆転しています。
もっとも江戸時代の芝居小屋のような半屋外の造りではなくコンクリートのビルの内部の劇場ですので方位を意識することはありませんけれど・・・。
それでもそんなこんなの事を知れば、一層演目が親しく感じられます。

そして今回の講座の四段目
なんとまあお三輪が一途で可愛らしくあわれを誘い、求馬は ‘いい男’ を武器に二人の女性を手玉に取る、なんといかすけない奴なのでしょう!
「疑着の相」 ある女の血を得んがためにお三輪に恋をさせた上で嫉妬に狂わせて殺して生き血を得る・・・
現代の感覚で物語りの善悪や展開を裁いてはダメを承知で、でもやはり なんとまあ! と思ってしまいます。
しかも
お三輪が怒り狂っていたのは嫉妬もさることながら官女からの辱めの部分も大ではないの?
とか
刺した鱶七から真相を明かされて 「嬉しい」 と言って息絶えればもう 「疑着の相ある女の血」 ではなくなってしまわないの?
などと突っ込みを入れてしまいたくなります。
現代の尺度を持ち込めば、演目の 「女庭訓」 自体がもうセクハラだらけで話が成り立っていきませんけれどね。

さて、今年も技芸員の皆様は含蓄あるお話しをたくさん披露してくださいました。
町娘 (お三輪) とお姫様 (橘姫) の演じ分けについて
津駒太夫さんは、語りのスピード・テンポ、語尾のちょっとした上げ気味加減で語り分けられ、
清介さんは、音は変えず間を変える、と仰っていました。
人形遣いの勘十郎さんは、お姫様は型があって演じやすくお姫様らしく見せやすいのに対して、十五・六の町娘というのがとても難しい、と仰っていたのが印象的、ほんの何気ない仕草によってこの年齢の娘らしい可愛らしさが醸し出せるのだそうです。杉酒屋の段の冒頭、お三輪がほうずきを揉みながら帰ってくるシーンのちょっとした仕草のむつかしさを、そしてその場面を遣う蓑助師匠のお三輪の可愛らしさを語ってくださいました。

お三輪をいじりまくる官女の場面では
津駒太夫さんは、下品ではあっても官女として下世話になりすぎないようテクニックが必要と話され、なるほどなるほど・・・
勘十郎さんは、この場面三人遣いの官女で演ずることもあるけれど、ツメ人形の官女の方がお三輪も引き立ち面白いと仰っていました。そのツメ人形の数もわずかな人数でさも大勢でいじめ回しているように見せると・・・。
講座のおしまいの質疑応答の際に文楽の魅力を問われての回答に今年もまた清介節が絶好調なのでしたが、清介さん曰く、文楽はスピーディで面白い、それに引きかえ歌舞伎のなんと冗長なこと!と仰っていましたが、今回の講座の後で私は歌舞伎の金殿の段をYouTubeで見て文楽の同場面と見比べました。本当に歌舞伎は長い!延々続く。そしてまあなんと大勢の官女がお三輪を執拗に執拗にイビルことイビルこと!
清介さんの言うスピーディ とか、勘十郎さんの言う数体のツメ人形で というのが実に良く実感できました。

今回の講座の最終日にはその金殿の段を実演いただいたのですが、なんだかいよいよこの講座の実演も本格的になってきました。
二双の金屏風の背景、手前の手すりもちゃんと二重、下手には人形出入りの衝立も設けられ、舞台の設営も本格的。
演ずる人形遣いさんも数人の官女のツメ人形に加えて、鱶七には先頃襲名されたばかりの吉田玉助さんも今年も加わってくださって、ほぼ金殿の段をすべて上演。やはり人形一体のみでは実演はあくまで実演、物語りにはなりづらいですものね。
狭い舞台をものともせず、熱の入った実に見ごたえのある舞台でした。

その後の質疑応答で、復曲についての質疑に答えての清介さんのお話しですが、
歴史の中で途絶えてしまった作品というのは、面白くなかったから廃れた、従って歴史的に正しく復曲しても面白くない作品が再現されるだけであり、「正しく」 よりも 「面白く」 を意識して復曲する という旨のお話しをされましたのが印象に残ります。
折角復曲してもまた廃れてはその演目は受け継がれてはいきませんものね。
過去の講座でも、技芸員の皆さまは常々古典作品には敬意を払い、改変を加えずそのままに丁寧に次代へ継承していくことの大切さを話されていましたが、古典の骨格を維持しつつも演出のちょっとした工夫や復曲の気配りなどで新たな魅力を加えながら次の時代へ作品を繋げていかれるのだな、と感じました。

ところでいろいろと天候に悩まされましたこの夏、講座にも天気の意地悪がございました。
近づく台風に警報の発令が予想され、そうなれば大学としてはおのずと休講になります。
大学の方々は台風予想の情報収集と対応に尽くされ、最終日8月23日の講座予定を前日に急遽変更して、午後であった舞台実演を午前に、午前の講義を午後に差し替えられました。
そして23日当日、午後3限目中にはとうとう暴風警報が発令されて4限目の講義が中止となってそのまま今年度の上方文化講座は終講となりましたが、素晴らしい舞台の実演はちゃんと午前中に堪能できたのです。
大学側の対応ももちろんですが、技芸員の方々や舞台の設営などスタッフの皆さまの柔軟で臨機応変の対応があったからこそです。午前中の実演のためには設営準備など朝早くからのご苦労もあったことと思います。
数年前でしたが国立文楽劇場で本公演上演中に停電があった際に、太夫三味線人形遣い皆さま一向に動ぜず、懐中電灯で人形に光を当てながら何事もなかったように上演を続けられたということがあり、お客さんの中には演出かと思った方もいらっしゃったそうです。さすが伝統のチカラ!本物のプロフェッショナル!と報じられて、そのニュースを感心して読みました。それに比すればどうということもないことでしょうけれど、突発的な事項にもさらりと柔軟に対応するというのはなかなか出来ないものだと思います。
皆さまには心より感謝申し上げます。
残念ながら中止となってしまいました4限目の
人形浄瑠璃の「現代」が始まったころ─「無知な観客」の歴史にむけて─
という講座は配布されたレジメを持ち帰った自宅で読みました。
大大阪の時代を背景に、劇場の構造の変化と観劇の作法などの変化を取り上げられたのであろう資料を読んで、この講義は是非ともまた来年以降に!と期待を持ち越します。

来年の講座も楽しみです。

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  1. 2018/09/24(月) 16:40:24

2018年夏の建築巡り

あんなに暑かった夏もいつしか過ぎ去り、すっかり秋です
異常な暑さに加え風水害に台風・地震と大変な夏でしたが、幸いにも私自身は災いに遭う事もなく、合間を縫って建築巡り
遅くなってしまいましたが、夏の建築日記・・・

夏の始めに訪れました伊豆の江之浦測候所(2017 設計:杉本博司+新素材研究所/榊田倫之建築設計事務所)
太平洋に面した絶景の地、海しか見えない敷地に配された建築の数々、それらは夏至や冬至、春分秋分の日の出の方位に向けられ、掘り込まれたり突き出したり、様々な関係性を持って構成されています。出来上がった建築群を見てあれこれ言うのはたやすいけれど、何もない海べりの樹木が生い茂る自然の地形でこのような配置を構想するのは大変な想像力と、現地で身を粉にしての労苦の賜物ですね。その結果として、風景を切り取り、光と影を読み解く、まさしく写真家ならではの建築群が出来上がっています。そして、それら建築群の大胆な配置に対して緻密で繊細な素材とディテール!圧倒的な石の群れ。そんな中、茶室の屋根の錆びた小波鉄板に、躙り口の沓脱のガラスの量塊には驚いてしまいました。展覧会場では喰い入るように見つめる杉本さんの「海景」シリーズ、100mギャラリー内にゆったりと間隔を持って展示されていましたが、ここではそれらも単なる一つの背景のように、周りのすべて 空・海・樹木と建築群、点在する灯籠石碑などに目を奪われっぱなしでした。

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夏の終わりに訪れました琵琶湖畔の佐川美術館 樂吉左衞門館(2007 設計:樂吉左衞門+竹中工務店)
なんとも大げさな主屋2棟の大屋根に対して樂吉左衞門館の屋根のシルエットの美しいこと!水面に生い茂る蘆の群れの上に 柔らかくむくりのついた屋根のみが覗いています。とても深い軒で先端は薄く研ぎ澄まされて鋭角的ですけれども優しい。増築という制約の中、建物の配置も巡りゆく動線の構成も計算されつくした感があります。樂吉左衞門館へのアプローチは水面の下へもぐり行き、ホールと展示室、茶室も待合と小間は地下にあって、広間のみが水面より上にあります。水面下の空間のその暗さがなんとも印象的。水面のゆらめきを通した天窓からの光が時間とともに壁面に様々な表情を映し出し、あるいは茶室小間の和紙太鼓張りの壁には池の蘆がうっすらと緑色を映しこみます。杉板型枠のコンクリート打ち放しは、板幅がエリアによって微妙に変えられて空間の緊張感をコントロールしています。その小幅板の板厚も微妙に変えられて壁面にかすかな凹凸をつくって陰影を醸し出し、何よりもそのコンクリートの色!黒いコンクリートなのです!いったいどんな手品があるのやら、左官といいコンクリートといい、黒い色を混ぜるのって至難の業だと思うのですが、それが何とも美しい黒色に仕上がっていて、小幅の打ち放しのところなどはあたかもコンクリートの厚板の積層の如き風情でした。抑制された展示や動線の空間に対して茶室の二間はかなり大胆な材料の選択で、ともすればゲテモノ趣味になりかねないものをよくぞまあ・・・。
朝の開館と同時に入ってから夕方の閉館まで丸々一日ともかく堪能、もちろん建築だけではなく展示もまた盛りだくさんで、何しろ平山郁夫・佐藤忠良に加えて田中一村、もちろん樂さんのお茶碗も・・・
全部見るだけでも大変、疲れると樂吉左衞門館の地下のホールに潜って闇の中で天窓からのゆらぎに身も心も休めます。

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これら二つの建築はいずれも建築家ではなく美術家の企画/構想/設計によっています。芸術家のつくった建築って、ともすればその発想に建築がついて行ききれず、頭でっかちであったり奇想天外ばかりが目に付いたり、建築的には???と感じるようなことも多そうに思いますが、これらはいずれも素晴らしい協働者施工者を得て、密度の高い優れて大人の建築であり、同時に新しい建築であるなあ、とひれ伏す次第です。
そして何より本物の力!時間をたっぷりと蓄積した、人の想いをしっかりと染み込ませた、嘘偽りのないモノだけが持つ圧倒的な力!
いいものを見てとてもシアワセな両日でした。

CASA BRUTUS 212茶室をつくった
参考書
「CASA BRUTUS No. 212
杉本博司が案内する、おさらい日本の名建築」

江の浦測候所も紹介されています
参考書
「茶室をつくった。―佐川美術館 樂吉左衛門館 5年間の日々を綴った建築日記」
樂 吉左衛門

今読み進めています


今を逃すともう行く機会がない、となぜか突然思い立ちましたのがお盆の前々日という有り様で、急に旅立ちました糸魚川。
積年の想いを晴らすべく訪れた谷村美術館(1983 設計:村野藤吾)
ああ、やっと来ました・・・
木造の回廊に囲まれたこの別世界、あぁぁこれこれっ という感じでのご対面。9時の開門と同時に入りまして、まだ朝のひっそりと静かなたたずまい、こじんまりとしたコンクリートの不思議な造形に見入ります。ラフに仕上げられた外壁の汚れまでもが美しい。
法隆寺の回廊を意識したともいわれる回廊を時間をかけて巡り、いざ内部の迷宮へ。
内部には順路を示す矢印案内がありましたが、そんなものは不要。光にみちびかれるままに彷徨っていたい、柔らかな胎内。不思議な平面形ではありますが、内部を歩めばとても自然な感覚です。各展示空間には直接の光線というものが一切なく、幾何学的な直線とか直角とかも一切ありません。外部内部ともに有機的な形状と素材。その中でただ一つ、エントランスから展示室に至るごく短かな斜めのスロープ、ここにのみ直線があり壁との取り合いに鋭角がありました。なぜなのでしょう・・・。ホールに設けられた窓の木製格子も方位によってか屋外取り付けと屋内取り付けの使い分けがあり、これも謎でした。
洞穴というのは本来暗いものなのでしょうが、こちらはただひたすらやわらかなやさしげな光に満ちた仏さまと私だけの洞穴。酷暑の夏であちらこちらに何台も置かれた扇風機がうるさくて、多少暑くとも静寂が欲しいと願わずにはいられませんでした。
至福の空間を後にしますと再び回廊へ。青い空と前庭に敷き詰められた砂利が眼に心地よく感じられます。

併設の玉翠園に伺いますと、こちらには数多くの全体模型に部分模型、スケッチ、工事写真など美術館建設の折の数々の資料が展示されていました。村野先生自ら作られたという粘土模型や、図面への幾多の書き込み、なかでもびっくりしてしまいましたのが工事写真で、型枠を外したコンクリートの躯体に布を張って、現地で原寸の空間を再現しての確認!つまりは現地でつくる原寸模型です。
あの天下の名人の村野さんが、実績からすれば片手間仕事のごときとてもとても小さなこの建物に込める想いといいますかなんと言うか・・・、あのお年で(竣工時92歳!)自らスケッチを繰り返し、粘土をこね、かような便の悪い遠方まで足しげく通い、けれどもそれだけでは飽き足らず原寸での空間確認まで行い、さらには完成後も熊手で建物足元などを自ら整えていらっしゃる。
そんなことに触れるともうわたしなどは怖くて設計などに手を出せません。

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糸魚川へは富山を足掛かりとしましたが、その富山で訪れましたのが
TOYAMAキラリ 富山市ガラス美術館(2015 設計:RIA+隈研吾+三四五)
近づくにつれて眼に届く外観は ああ隈さん・・・と多少食傷気味、でも内部空間はとても楽しかった。ずれながら上昇する吹抜、そこに設けられた幾千枚もの微妙にテーパーをつけて厚みをコントロールした杉のルーバー、いつもの隈さんの手口ながら見惚れてしまい、あらわしの耐火被覆までもが新鮮に美しく見えてしまいます。
そしてなにより、美術館と図書館その他の機能が一体的に融け合い、ガラス張りの美術館展示室など中身がガラス越しによく見える、といいますかショーウインドーの如く共通ゾーンに面して展示してあったりもします。こういったところが従来にないあり方ですよね。
もちろんとても多くの人で賑わっていました。いい施設です。
その中でも眼を引きましたのがサインのデザイン。スチール丸鋼で作られたサインが天井から吊られていたり柱に取り付けられていたり・・・なのですが、鏡張りの柱へのその取り付けがなんとも小粋、絶妙にはみ出しているのです!それを反対側から見ると!!!
メインエントランスの館内案内も天然木をつかったとても洒落たものでした。 

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あわせて訪れましたオープンしたての
富山県美術館(2017 設計:内藤廣)
設計・デザインなどの錚々たる顔ぶれに胸躍らせて伺いましたが・・・
うーーン???どうなんでしょう・・・
私にとっては残念ながらあまり多く感ずるところではありませんでした

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 * * *

富山と糸魚川のちょうど中ほどにありますのが入善。
宮本輝さんの小説「田園発 港行き自転車」の舞台です。とても心洗われた小説で扇状地の田園風景などを思い描いて読み進め、一度訪れたいなぁと願っておりました。今回わずかの時間ながらもその風景の中を歩くことができて満足。
でも観光案内所がお休みだなんて・・・
レンタサイクル目当てで、小説の中のように自転車で辺りを駆けたいと思っておりましたのに、残念!

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水力発電所をリノベーションした下山芸術の森
(1926/1995 マルチネス・ラペーニャ&エリアス・トーレス+三四五建築研究所)
から眺める入善町の風景


番外編

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箱根彫刻の森内にある
ネットの森(2009 設計:手塚貴晴+手塚由比)
集成材を大胆に組んだ興味引かれる建築でした
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その内部
作品は 《おくりもの:未知のポケット2》堀内紀子
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同じく箱根彫刻の森内にある
シャボン玉のお城(2011 設計:ピーター・ピアース)
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ポリカーボネート板とステンレスフレームの単一部材による構成ながら
変化に富んで、内部と外部がいつしか入り混じるとても魅力的な構造でした
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小田原 内野邸(1903 棟梁:鈴木卯之助)
通りがかりに外観のみですが・・・目を惹かれました
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谷村美術館翡翠園近くの民家の石塀
何気なくて実にうまいなぁ・・・こんな芸当が出来たら!
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桜橋(1935)と富山電気ビルデイング(1936 設計:富永譲吉)
ともに登録有形文化財
  1. 2018/09/22(土) 12:24:28

彼岸花 ~ 秋の休日阪大で音楽三昧


連休の日曜・月曜と続けて近くの大阪大学でのイベントに出掛けた帰り 田んぼの畔に彼岸花
いつの間にかすっかり秋になりました

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日曜日9/16は「ワンコイン市民コンサートシリーズ」での 武久源造・ピアノの発見第四章<ピアノ二都物語>
1800年代初めごろにウィーンとロンドンでそれぞれ作られた二台のスクエア・ピアノという古いピアノでの演奏会
現代の大音量で響き渡るグランドピアノとは一味も二味も異なるコンサートを満喫
古楽器ゆえに内部の部品が折れてしまったとかで武久さん自ら途中修理をしながら、というのも ならでは のコンサートでした

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そのピアノはこちらで聴くことができます

翌17日の祝日は阪大博物館のプログラム「記憶の劇場」の一環の
「TELESOPHIAと芸術・文化・生活」日本ジャズのTELESOPHIA 「JAZZICTIONARY-ことばが奏で、ピアノが語る日本ジャズ史-」
というイベントで、こちらは阪大が所有する1920年製のベーゼンドルファーによる渋谷毅さんのピアノソロコンサートと、さまざまな企画に携わってこられたプロデューサー川村年勝さんのお話し。静かで深い渋谷さんの演奏は素晴らしく、また、川村さんが披露するかつての熱い時代の数々のエピソード、とても興味深く伺ってきました。そして1983年の屈斜路湖ジャズフェスティバルの記録映像、ヒノテルとタモリのトランペットバトル(!)など30分近く流されました。
あの頃といえば関西の私自身はライブ・アンダー・ザ・スカイや琵琶湖バレイなどに通っていましたが、当時のジャズフェスの空気・ジャズの曲調などを思い出して懐かしかった・・・
たまたま大阪に来られていて駆けつけてくださったという金子マリさんも渋谷さんの伴奏で2曲歌ってくださり、あっという間の3時間でした。

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大学ではこの子たちのお出迎えもあってご機嫌な二日間でありました。
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  1. 2018/09/18(火) 12:54:14

生誕110年 東山魁夷展

先日仕事で京都に出掛けた折に 国立近代美術館で開催中の 東山魁夷展 を見てきました
東山魁夷 などというビッグネームとなると こころの曲がった私などはついつい斜めに見てしまいますが けれども素直に良かった!
唐招提寺御影堂の襖絵が 柱や長押・畳なども含め堂内の様子を再現した展示で モノクロの水墨画の後に現れる 青の濃淡のみの 山の景 海の景
ゾクゾクっとしてしまいました

東山魁夷展 というのは まだ国立国際美術館が千里の万博公園にあった頃 1982年の春に観に行ったことがありました
この時は 唐招提寺御影堂障壁画のお披露目で やはり堂内の再現がされていたのですが ともかく凄い人出で 混雑の記憶しかありません 絵の記憶はすっぽりと抜け落ちています
ですから その時がどのような展示空間であったのか記憶がないのですが かつての川崎清氏設計の国立国際美術館ですので かなり明るい展示空間ではなかったのかと思います
それに対して今回の京都国立近代美術館の展示では かなり薄暗い再現空間で それが良かったのでしょうか?
美術館の展示は 特に照明などは1982年当時と今とでは天と地ほどの差があり そういったさまざまと そしてもちろん私自身がトシとって障壁画に溶け込める齢になった?
かつての記憶から恐る恐る出掛けたのですが 平日で思ったほどは混雑もなく落ち着いた雰囲気で見られた というのが一番の要因でしょうね

それにしても 京都国立近代美術館・・・
建築としてはそのデザインやディテールは素晴らしいのですが 美術館としての動線や面積など計画的上の問題が垣間見られる美術館です 今回もエレベーターで3階の会場に上がった方々は 展示順路がわかりづらく 係員にぼやいている方も結構いらっしゃいました 加えて今回は障壁画の堂内再現ということでスペースがいっぱい必要だったのでしょう 4階のコレクション展会場の一部にまで東山魁夷展が侵食して まあ大変 係りの方も案内に大わらわ
巨匠チケットというセットチケットで訪れた 先の横山大観展の時には 階段でのメインアクセスを閉鎖して エレベーターでのみの入場としていましたが それもまたエレベーターホールが貧弱なので 巨匠展 というにふさわしくないエントランスでした・・・
規制も多く狭い敷地にもかかわらず前庭をしっかり取ってさらには中央に吹抜を設けて・・・ということのしわ寄せなのでしょうけれど・・・

ところで
唐招提寺って大好きなお寺で 学生時分から随分と通いました
好きで何度も通ったお寺というのは 京都洛北の円通寺 と 奈良西ノ京の唐招提寺
けれども考えてみれば いずれももう10年20年(いやもっとか?)ご無沙汰しているのでは・・・
しかも唐招提寺 あの金堂の佇まい 真っ正面に大きな屋根がどっしり構え 近づけばあの列柱 もうそれで満腹になってしまい お堂の中を拝観したことってありましたっけ?
御影堂平成大修理が終わったらこころを改めて訪れてみたいと思います

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公式サイト
http://kaii2018.exhn.jp/
  1. 2018/09/15(土) 12:09:13

台風21号

台風から一夜が明けました
こちら大阪箕面も直撃コースで 経験したことの無いようなもの凄い雨風でした

昨朝は青空がのぞき 本当に台風がこちらに向かっているの? という感じでしたが
午前中には徐々に暗くなり風が吹き始め お昼を回った頃から急激に激しさを増し
もの凄い雨と風
薄暗く視界が悪い中 風と雨がもの凄いスピードで真横に吹っ飛んでいきます
私の事務所は鉄骨五階建てのペンシルビルの5階 普段は北摂の山並みが美しい窓にはとんでもない風景が広がっています
そして
まさに鉄骨造の造りゆえ 揺れる揺れる ずーっと揺れ続ける・・・
風が吹き荒れるたびに建物が大きく揺れ もちろん身体は揺れを感じていますが 目の前のパソコンディスプレイも揺れるし
何といっても背後のスチール書架 先の6/18地震で傾いてしまった本がぎっしりの書架が私に向ってゆらりゆらり 4連結合でそのジョイントがギシリギシリ・・・
鉄骨造の宿命とは言え 気持ちのいいものではありません まったく・・・

その台風も夜には納まって帰宅しますとテレビのニュースで関空が大映し
あらら 水没!
関空ターミナルビルの設計・工事にかかわった身としては とくに屋根を担当した身としては
台風は気になって仕方ないところです
その昔 確か工事中だったかと思いますが エイプリルフールの冗談で 海外スタッフが大阪湾の海上にぷかぷか浮かぶ関空のニュース記事をでっちあげて その偽の英字新聞一面を日本の設計チームに送ってきたことがありましたが なんだかそれに近い光景が現実のニュースになって唖然

台風の被害にあわれた方々には心よりお見舞いを申し上げますとともに
一日も早い復旧を願います
  1. 2018/09/05(水) 09:29:33
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