建築の眼 JAZZの耳 ; tetsuyakimura_weblog

木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢 が  見たこと 聴いたこと 感じたこと

2023年が明けました

2023年が明けました

新年明けましておめでとうございます
旧年中は大変お世話になり ありがとうございました

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大阪箕面は東の空低くに雲がありましたが 幸い地平線辺りは雲が切れて初日の出を拝む事ができました
この同じ太陽が7時間後にはウクライナの大地をも照らします
今日一日がかの地でも平穏な一日でありますことを
今日に続く日々がごく普通のあたりまえの日々でありますことを
切に祈います

本年もどうぞよろしくお願いいたします

  * * *

今年の年賀状です

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昨夏の《糸をたどって》 2022 と題された愛知県一宮市の古い紡績工場跡地での塩田千春さんのインスタレーションを図柄とさせていただきました
例年 「謹賀新年」 と記しましたが 今年は無邪気におめでたいとも申しづらく改めました

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別柄も同じインスタレーションの別室での展示です

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文面欄です
住所と文面との区画の線に想いを込めました
  1. 2023/01/01(日) 11:03:02

2022年を振りかえって

2022年も間もなく暮れゆこうとしています。
年初にも危機がずっと声高に報道されてはいました。
けれどそのようなことが現実に起こるなんて、長年平和にどっぷりと浸かって生活している私にはとても現実感のないことでした。

しかし・・・

一方的な侵略が2.24に始まり、そして今も続いています。

疫病と戦火もあってか日本でも物価が高騰し、特に昨年今年の建設物価の上昇は尋常ではありません。大阪万博の入札不調が報道されていますが、税金を投入して工事費を大きく積み増して乗り切る流れのようです。しかし、個人のお住まいの場合にはそんなにおいそれとは予算は上積みされません。住まいの新築・リフォームはもはや一般の方々にはとてもハードルの高いこととなりつつありそうです。いったいこの先どのようになってしまうのでしょうか?

 * * *

一昨年から今年の年初にかけて東京渋谷の松濤美術館では 「白井晟一展」 が催されていました。それを観に行くことはかないませんしたが、せめても・・・と夏の終わりに静岡の登呂遺跡内にあります石水館 (静岡市立芹沢銈介美術館 設計:白井晟一 1981) を訪れました。竣工後間もなくして訪れたことがありますが、それから約40年ほど、月日の流れに驚かされます。当時の具体的な記憶がほとんどなく新鮮な気持ちでの訪問です。

建物は時間の経過にもかかわらず、とても美しく保たれていました。そしてそれが一層、疑問も苦みも感じさせます。白井晟一と芹沢銈介との確執、と言いますよりも設計者の手を離れてしまった後の、憎しみともいえるほどの執拗な設計意図の踏みにじり。設計時には鷹揚な態度を示していたそうなのですが、一転してのこの仕打ちは理解を超えます。このような不幸な結果を招くのであれば、設計時に事細かに要望を伝え注文を付けるべきであったと思うのですが・・・。設計者のみならずこの建設に心を砕いた多くの職人の手仕事までをもないがしろにするようなことを芹沢がなぜ?経緯は知らず何とも申せませんが、物質としての建物が年月を経ても心を込めて丁重に保たれているだけに一層理不尽な思いが募ります。
中庭を囲む開口がすべて閉ざされ、メインホールであるD室のいわば床の間ともいえる飾り棚が覆い隠されていることも残念ですが、何よりもこの建物において設計上の最も大切であったであろう斜めの軸線、エントランスを経てC室からメインホールのD室そしてF室を経て象徴的な多角形のG室へと対角状に貫く軸を形成する、その要に位置する円弧状の泉が完璧にふさがれてしまっていることには失望させられます。設計のキーポイントと理解した上で潰しにかかっている悪意を感じてしまう、とは言い過ぎでしょうか?

建物は住宅地の中に拡がる遺跡公園内に建ちますが、のどかに広がる公園という環境からは厳重に切り離され、粗面の石積みの塀で2重3重に囲われています。その中に設けられた水盤の中庭を囲んで展示室が巡回し、特別室のみ閉ざされた専用の庭に対峙します。斜めに進むアプローチを途中で軽く折れて建物に正対しますと正面2重の塀のスリットの間には低い木が植えられ、その先の中庭の水盤と噴水が見え隠れしています。桂離宮の 「住吉の松」 の写しとも思われる演出です。右手の石積みに設けられた滝の水音を聞きながらそれを背に左へ折れて、緩やかな段を下ってエントランスに至ります。低く抑えられた緩勾配の片流れ屋根の鉄筋コンクリート造平屋の美術館ですが、コンクリートの屋根とはお構いなく房状に連なって設けられたひとつひとつの展示室の天井は、木造のあらわしの屋根架構であるかの振る舞いをして様々な形状を取っています。しかも一見西洋の重厚な木造架構のごとくある梁型には空調でしょうかスリットが設けられていたり、展示ケースのガラスが突き抜けていたり、と天井に眼を向けるものを翻弄するかのようなふるまいです。重厚な本物の質感と高度な手仕事を感じさせつつ、つぶさに見る者に対してはそれがまやかしであることを伝える設計者の矜持でしょうか?紅雲石と白井が命名する粗面の石積みが内部でも用いられた特別なG室、変則七角形のその入り隅にはその角度に合わせて量塊から凹状に削り出された石が積まれていて、貼り石ながらもここまでするの? 嘘か真実か?ここでもまたこだわりに翻弄されます。

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アプローチ

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中庭の水盤

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特別室の庭

美術館横には収蔵庫が建てられていました。奥まって石水館エントランス側からは目立ちにくい位置ではありますが、平屋に抑えた美術館の意を汲まぬボリューム感と妙に美術館に媚びた外部仕上材は残念でした。

 * * *

同じく夏には塩田千春さんのインスタレーションを続けてみる機会がありました。
塩田さんの出身地である大阪岸和田の自泉会館 (設計:渡辺節 1932) で催された 「Home to Home」 と題された展覧会では、赤糸が濃密に張り巡らされた切妻の家型の、そのひたすらの濃さ密さに圧倒されます。制度としてのイエのしがらみであったり、遠く祖先にまでさかのぼる家族=血縁の記憶であったりが、赤糸の一本一本に宿っているかのようです。このインスタレーションが設置された吹き抜けの重厚な洋間の天井にも、あたかも西洋木造建築であるかのような木の梁型が現わされています。がしかし、こちらの梁はコンクリートに着彩などを施したもの、おなじ 「振りをする」 天井でも石水館とは扱いは随分異なります。

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私が生まれ育った愛知県一宮市でのインスタレーションは圧巻でした。
かつて毛織物業の一大産地としてそこら中に点在したのこぎり屋根の織機工場、その古い工場がリノベーションされ 「のこぎり二」 と命名された建物に巣喰う赤い糸また糸!高窓からの光線に燃えるようにゆらめき、その中を数多くの糸巻きが舞っています。一方の室では古い紡績機械から無数に生え出づるかの如き赤い糸が、廃屋の柱や梁にまとわりついていきます。幼いころよく遊びに行った親戚の工場内は織機のもの凄い音と独特の匂いが充満していました。工場内で赤い糸に埋め尽くされた中に身を置いていますとあの喧騒がよみがえってきます。
一宮でのインスタレーションは国際芸術祭 「あいち2022」 の一環で催されたもので、塩田千春さんは一宮の旧看護学校でも自身のがん闘病体験とからめた作品を人体模型などに施していました。
「あいち2022」 の一宮会場はどこも私自身の子供時代の記憶が濃密に染みついた場所ばかりで、作品と記憶とが混ざり合ってまざまざと立ち上がってくる体験でした。

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「のこぎり二」 外観

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《糸をたどって》 2022 と題されたインスタレーションの様子

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古い織機に施された赤い糸

「あいち2022」 へは何回かに分けて各会場を巡りましたが、愛知芸術文化センターのハコの中で見るものよりも、一宮を始め有松や常滑など地域の民家などでの記憶や歴史風土と一体となった展示の方が圧倒的に面白かった。特に常滑での旧土管工場を埋め尽くしシナモンも香るデルシー・モレロスの泥饅頭やフロレンシア・サディールによって旧製陶所に吊るされる土玉のすだれには心奪われました。
それらの圧倒的な数、数、数・・・
一宮での塩田千春さんも含め、〈多・密・濃〉 の力をまざまざと感じた体験でした。

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《祈り、地平線、常滑》 2022 デルシー・モレロス

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《泥の雨》 2021 フロレンシア・サディール

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昨年秋からとりこになって毎日の15分が待ち遠しくて仕方のなかった朝ドラ 「カムカムエブリバディ」
4月8日に最終回を迎えましたが、最後の方は怒涛の伏線回収、ああ、これがこうつながっていたのか!と驚きの連続でした。全112回を構成する脚本家も番組編集者も大変ち密な計算を重ねての番組作りと恐れ入りました。大詰め母と再会和解につながるコンサートでの深津絵里さんの歌唱、短くカットした髪型と感情が押し寄せ感極まっての震える歌声は素晴らしかった。

 * * *

お陰さまで今年も多くのステージを見ることが出来ましたが、
夏の マームとジプシー 「cocoon」、そして秋の モチロンプロデュース 「阿修羅のごとく」
今年は何といってもこの2本でした。
沖縄戦での少女たちを扱った 「cocoon」、以前に再演を映像で見たことがありましたがナマの舞台は今回が初めて、大きく手を加えられた再々演はやはり素晴らしく見応えのあるものでした。京都公演だけでなく、豊橋にも出向いてもう一度観劇しましたが、十分にその価値がありました。今回の再々演は77年前の悲劇というだけではなく、ウクライナで現在進行形である戦争を意識せざるを得ないと作・演出家が語っていました。決して風化させてはいけないことではありますが、現在形で語られることなく教訓にとどまるものであってほしいと願います。
土俵に見立てた舞台を四方から観客が囲む 「阿修羅のごとく」、まさにお芝居ならではの醍醐味にあふれたもので、演出も演技も冴えわたったものでした。お芝居の公演パンフレットも文庫本仕立てでお洒落!観劇の後、元となった脚本を読みましたが、そうしますとどうしてもオリジナルのテレビドラマが見たくなる。そのような声がNHKに押し寄せたか、公演後しばらくしてなんとNHKが1979年と1980年放映のオリジナルドラマを再放送!NHKも粋な計らいをしますね。

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その他印象深い舞台では
「パンドラの鐘」 昨年熊林弘高演出の舞台を観たところですが、今年夏には杉原邦生演出版が上演されました。野田秀樹作の長崎の原爆をも扱った壮大な物語、役者陣も見事で素晴らしい舞台でした。そしてなんとなんと、この舞台はWOWOWでライブ配信に加えて先頃には放送もされたのですが、その際に1999年に競演された野田秀樹演出版と蜷川幸雄演出版の二つも放送され、それぞれの持ち味を楽しむことが出来たのは得がたい機会でした。WOWOWもまた負けじと粋な計らいです。
昨年伊丹公演がありながら見逃した劇団チョコレートケーキ 「帰還不能点」、評価が高く後悔していましたところ今年再演があり、こちらも豊橋まで出掛けて観てきました。日米戦争へと至る過程での特に近衞文麿の責任を扱う重い芝居でありながら、劇中劇の形をとってとても見応えのあるものでした。

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コンサートでは年初の佐渡裕指揮 白鳥玉季朗読 の 「武満 徹:系図-若い人たちのための音楽詩-」 が記事にも書きました通り印象に残ります。この時点ではまだウクライナでの戦火は始まってはいませんでした。
しかし世界中が不安視する中で2月24日にロシア軍がウクライナへ全面侵攻し、音楽の場でも深い憂慮が示されました。
3月6日の小曽根真によるコンサート Ozone60 では、アンコールの際に舞台背景がウクライナ国旗の色に染まり、Oscar Petersonの 「自由への賛歌 Hymn To Freedom 」 がウクライナに届くようにと演奏されました。
3月12日の河村尚子さんのピアノ・リサイタルでは、アンコールの際に河村さんが拠点とするドイツとウクライナとの地理的な関係を語られ、バッハの 「羊は安らかに草を食み」 が演奏されました。
戦火は終息することなく続き、年末の渡辺貞夫さんのツアーはずばり “PEACE” と名打たれ、その中で John Lennon の 「IMAGINE / GIVE PEACE A CHANCE」 が演奏されました。
いずれの演奏も心にしみるものでしたが、ロシアのあの方の耳にこそ届いてほしい響きです。

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本日12月31日の朝刊にペレの訃報とともに磯崎新さんの訃報も載っていました。私たちの世代にとって、特に学生時代は燦然と輝く建築家の鑑でした。夏休みには夜行急行などで磯崎詣でと称して北九州や大分に旅したことが思い起こされます。ご冥福をお祈りします。

 * * *

2022年も残すところ少なくなりました。
新しい年が疫病の憂いも戦火の憂いもない世界であることを切に祈います。

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大阪箕面での2022年最後の日没
山並みにかかる雲に沈んでいきました
  1. 2022/12/31(土) 20:11:59

アントニン・レーモンド 「映像の世紀バタフライエフェクト」

今日9月1日、99年前のこの日関東大震災が発生しました。
明日9月2日、77年前のこの日東京湾の戦艦ミズーリ上にて降伏文書に調印し太平洋戦争が正式に終結しました。
この2つの出来事に関わるTV番組が先頃放送されました。NHKのドキュメンタリー 「映像の世紀バタフライエフェクト」 です。

いろいろなシリーズとして構成されてきた 「映像の世紀」 は、動画の力をまざまざと感じさせられる大好きな番組です。静止画像ではともすれば自分自身とは関係のない遠い世界のことと思われてしまいますものが、動画となったとたんに現在と地続きの身近なことに感じられ、惹き込まれ見入っています。
今週月曜 (8/29) に放送された新シリーズの 「映像の世紀バタフライエフェクト」 は、「東京 破壊と創造 関東大震災と東京大空襲」 と題したもので、この2つの出来事に大きくかかわったチェコ出身のアメリカ人建築家が取り上げられました。アントニン・レーモンドです。

フランク・ロイド・ライトの助手として帝国ホテルの建設のために来日し、完成後もそのまま日本に滞在した彼は、関東大震災に遭遇します。米軍の予備役将校でもあったレーモンドはその一員としてアメリカによる救援活動に精力的に関わるとともに、前年に邸宅を設計した後藤新平による復興計画=東京大改造にも尽力するなど未曾有の災害からの復興に大きく働きます。日本を深く愛し、本業である建築設計を通してももちろん日本の建築の近代化に大きく貢献していきます。
しかしその後日米戦争が近づきやむなくインドを経てアメリカに帰国し、戦時には日本の家屋や都市に精通した専門家として米軍の焼夷弾開発にも深く関わることとなります。レーモンドの設計した実物大の日本家屋群を用いた爆撃/燃焼実験を繰り返して、米軍は日本の都市を焼き尽くす最大限の効率化を達成することとなりました。(最大限の効率化というとアウシュビッツも思い起こしてしまいます。恐ろしい言葉です。)
「日本への私の愛情にもかかわらず、この戦争を最も早く終結させる方法は、日本を可能な限り早く、しかも効果的に敗北させることだという結論に達した。」 という言葉をレーモンドは自伝に記していますが、「効果的」 という言葉とその結果には心が痛みます。
レーモンドの苦悩を推し量ることもできませんし、私自身はレーモンドが大好きではありますが、しかし、この言葉には残念ながら、「原爆は戦争を早く終結させ、その結果人的被害を少なくするためのものであった」 という言説と同様に後付の言い訳のうさん臭さを感じ、素直に受け取ることはできません。
日本の都市が焼き尽くされ戦争が終結するとすぐにまた日本に戻ったレーモンドは、自らのかかわったその結果を見て衝撃を受け、そして今度は戦後復興に尽力していくこととなります。
同じ一人の人間のこれらの行動の履歴を見るにつけ、人間とはとても複雑なものであり、そのような複雑で理不尽な存在に仕立て上げてしまうのが戦争というものなのだと感じます。

ウクライナ生まれのアレクシエーヴィチという女性が書いた 「戦争は女の顔をしていない」 という本をたまたま今読んでいるところです。第二次世界大戦の独ソ戦でソ連軍に従軍した500人を超える女性からの聞き取りを記したものです。
日本人の私が断片的にイメージする第二次世界大戦のソ連軍といえば、戦争終結間際に日ソ中立条約を一方的に破棄して日本に宣戦布告し満州・樺太などに攻め入って、日本のポツダム宣言受諾も戦闘を継続し、民間人への略奪暴行虐殺も重ね、その後もシベリア抑留や北方領土問題など、負のイメージしかありません。
しかし、本書を読めばソ連軍の女性兵士にも (女性が従軍していた!という事も知らず驚かされました) 一人一人には当然ながら名前も家族もあり、喜怒哀楽に満ちた日常を送っていたごくごく普通の人たちであることが知らされます。
ソ連の人々から見た戦争という視点をこれまで持ち合わせていませんでしたが、日本人であろうとソビエト人であろうと、そしてもちろんウクライナ人であろうとロシア人であろうと、一人一人の人間は決して特殊なものではなく同じように日々生活を送っていたのであろうに、戦争となって国家であり軍という塊になったとたんに、どうにかなってしまうのでしょう。

戦争というものは 人を変えてしまう その恐ろしさを感じざるを得ません。
NHKの番組でも引用されています 「自伝 アントニン・レーモンド」 を書棚から取り出して久しぶりに読み返したりしています。

自伝 アントニン・レーモンド  戦争は女の顔をしていない


PS
映像の世紀バタフライエフェクト 「東京 破壊と創造 関東大震災と東京大空襲」 は、9/8木曜(7日水曜深夜)に再放送されます。
  1. 2022/09/01(木) 15:06:20

暑中お見舞い申し上げます

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暑中お見舞い申し上げます

感染対策の中で過ごす酷暑の夏も三たびとなりました。異常な気温や記録的な降雨など自然の脅威にも脅かされます。
先頃、沖縄戦での女学生たちを描いた MUM&GYPSY の舞台 「cocoon」 を観てまいりました。2015年再演時の録画と今日マチ子さんの原作漫画にも触れ、77年前の夏の沖縄での少女たちの日常に想いを馳せています。
あのような犠牲にとどまらぬ多くの経験を経てもなお、この夏もウクライナでは戦火の収束する見通しもなく、今また台湾を取り囲む大規模な軍事演習が公然と行われています。

いずれの人々にも喜怒哀楽に満ちた何気ない日常が今日も明日も当たり前のようにもたらされることを願う夏です。
皆さまもどうぞ安寧な日々をお過ごしください。
  1. 2022/08/05(金) 18:02:24

藤田美術館

この春4月1日に建て替えオープンしました藤田美術館を見てきました。大成建設による設計施工です。

それ以前は築100年超の旧藤田家の蔵を利用していた美術館でしたが、建て替えられたのは白い大庇に全面ガラス張りも清新でモダンな現代建築です。しかし、ただのモダン建築ではありません。素材・仕上げへのこだわりが尋常ではない。
大きく張り出した庇のエッジはカミソリの如く研ぎ澄まされ、支える柱は細く繊細。展示室を囲む壁は分厚く漆喰が塗られていますが、その重量を消すように床からは浮かせてあります。
展示室のエントランスにはかつての蔵の重厚な扉、側面のロッカー室やトイレの入り口にも従前の古材を転用した重厚な三方枠で、斬新な和の息吹を感じます。便所の引き戸なども素材もディテールも凝りぬいた造りです。
従前の重厚な梁の、継ぎ手をそのままデザインとして現したベンチや段状に床を掘り下げて直接座るように仕向けた喫茶コーナーなど、余分なものをそぎ落としたホワイエでありながら見どころは多い。
ホワイエの片側にはモダンな造りの和室も設えられています。

そして展示室内部
エントランスホールの白く明るい造りとはうって変わって漆黒の闇の空間、入室前に係りの方から十分な注意がありましたが、なるほど・・・ごもっともです。
展示室の前室にあたる空間でまずは眼を慣らします。床も以前の蔵の棚に用いられた板材とのこと、壁と天井は連続して塗り籠められています。正面には梁をスパっと切って立てただけの飾り台?が象徴的。入り口の蔵の扉の内側に新設された両引き分けの自動扉には小口にアクリルの棒材が嵌められており、闇の前室に美しい光の筋が差し込みます。
展示ケースのガラスはその存在がわからぬよう透明度が高く、展示室はひたすら暗い。個々の解説の掲示類も一切なく、スマホ画面で解説を見ながら鑑賞します。展示の数も抑えてあり空間にゆったりと配されています。展示品と鑑賞者、ただそれだけ、余分なものは一切介在させないという強いこだわりが感じられます。

そして見終えて展示室を後にしますとそこは・・・
最初のエントランスホールではなく、その真裏のホールに出る仕掛けとなっています。そのホールにも従前の蔵の開口などが象嵌されて一幅の絵画のように外の樹々を見せていたりもしますが、なによりもこの動線!この見終わったホールからエントランスホールまで帰るには、いったん屋外に出なければならないのです。
扉を出ると美術館の軒下を通って元のエントランスにたどり着く道順ですが、わざわざ観客を外に出すのは・・・
それはその軒下の前面には茶庭と茶室、そして多宝塔が建ち、そのまま広大な庭園につながっているからなのです。
この庭、もともとは藤田傳三郎の本邸に作庭された庭園だそうですが現在は大阪市に移管されその管理下の藤田邸跡公園、建て替え前の藤田美術館とは塀で区画されていたそうなのですが、境界が取り払われ官民一体的な活用が目論まれています。
私が訪れた日は好天に恵まれ、闇の展示室を抜け出た後はおのずと足は水と緑の庭園の散策へと向かいました。

国宝 「曜変天目茶碗」 だけではなく、いたるところ感嘆符がついて回る美術館探訪でした。

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外観全景

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エントランスホール
チケットカウンターはなく、係りの人が声掛けをして案内しています

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床を掘り下げたインフォメーション&喫茶コーナー

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エントランスホールの一方にある和室
その右手はそのまま藤田邸跡公園につながっています

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和室の床
白黒対比のモダンな造りです

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展示室への扉
従前の蔵の扉がはめ込まれています

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その扉を入った前室
扉の突き合わせ部分にアクリルの角棒が嵌め込まれてそこから差し込む光の筋が床に美しい陰影を描きます

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最初の室では美術館の趣旨が壁に投影されています

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闇の中に展示品がポツリポツリと浮かびます

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見終わった後のホール正面の壁
蔵の扉を活かしたピクチャーウインドウ

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エントランスホールへ還る屋外の廻廊
右手に和庭が拡がります

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廻廊の見返し
そのまま広大な藤田邸跡公園へとつながります

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エントランスホールのもう一方の側廊はロッカールームやトイレへの屋内通路
彫りの深い開口に太い木材で三方枠が組まれています

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エントランスホールの漆喰塗りの壁面
コーナーはアールで塗り廻され、足元は見切り材を見せず床から浮かせて納められています
三和土の土間はそのままアールで巾木に立ち上げられ、 空調のスリットもフレームを見せていません

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こちらもこだわりの床に設けられた小さな蓋
下にはコンセントが仕込んであるのでしょうか?

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エントランスホールに置かれたベンチ
厚みを見せずエッジを利かせた合板のベンチに対し、継ぎ手の加工をデザインとして見せた梁そのままの重量感あるベンチ

 * * *

藤田美術館 公式サイト
https://fujita-museum.or.jp/
大成建設 作品紹介サイト
https://www.taisei-design.jp/de/works/2020/fujitamuseum.html
  1. 2022/06/30(木) 15:57:37
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