建築の眼 JAZZの耳 ; tetsuyakimura_weblog

木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢 が  見たこと 聴いたこと 感じたこと

陽水三昧

「私」 というものを形作ってきたものは実に様々ですが、少し以前に書きました1980年の演劇実験室天井桟敷 「奴婢訓」 の観劇、京都太秦撮影所での暗く狭く窮屈なあの2時間の衝撃は間違いなくその後の私を形作る大きなひとつでした。
そしてそれをさかのぼること数年前の愛知県体育館での体験もまた、私を形作る思い出深い一夜でした。

中学生になってその当時の多くの中学生がそうであったように深夜のラジオ番組に聴き入るようになりました。家に余っていました古い古い真空管ラジオのダイヤルを回して雑音混じりに聴いていたDJ番組、ある夜流れてきたその一曲に瞬時に心を奪われてしまったのです。

「傘がない」 

その時から井上陽水の虜となりました。
深夜のラジオ番組と共に当時のはやりの短波放送、短波が聴けるラジオがほしくて貯金もためていろいろと調べて買いました、正面中央にチューニングダイヤルが付いたソニーのラジオ。私の自慢話に触発されてか友達にもラジオの選定を頼まれて、彼に勧めましたのがナショナルのラジオ。 (正方形の本体いっぱいに大きな丸いスピーカー、確かクーガという名を覚えています。) それを購入した時、おまけでコンサートの招待券がついてきまして、特に興味のなかった彼はそのチケットを惜しげもなく私にくれました。
それがなんと 井上陽水のコンサートチケットでした。
なにしろ始めて出掛けるコンサートというシロモノ、一人電車に乗って名古屋まで出て目指すは愛知県体育館、不安と期待との入り混じった心持ちが思い出されます。
ずらりと並べられたパイプ椅子の、確か中央通路沿いの席であったでしょうか・・・。
薄暗い舞台、中央上部からの一本のスポットライト、そこに浮かび上がるもじゃもじゃの髪の塊・・・
そう、闇に浮かび上がるもじゃもじゃ頭ばかりの印象でした。
横に安田君というギターを一人たずさえて始まったコンサート。
ぼそぼそとやや暗めの、けれども時折妙な可笑しみが混じる語り。
何から何まで初体験尽くしの一夜は、まるで夢のように過ぎていきました。
あまり定かな記憶ではありませんがアルバム 「氷の世界」 がリリースされる直前の頃ではなかったでしょうか?そのアルバムにも収録予定と紹介されたようなおぼろげな記憶があります 「小春おばさん」 、会場で初めて聴いたその曲の熱唱をやけに印象深く覚えています。

僅かな小遣いをこつこつ貯め、商店街に一件ありましたレコード屋さんに出掛けてようやく一枚 また一枚 と買ったレコードは中学生の頃、ターンテーブルの上に載らない日は一日としてありませんでした。
恐らくは多くの人がそうであったように、レコードに添えられた歌詞カードの妙に震えたあの手書き文字を真似て書いたりもして・・・。

けれどもその後、アルバム 「二色の独楽」 がどうも自分の感覚に合わず、高校に入ってやはり多くの高校生がそうであったように洋楽に染まり、主にプログレッシブロックを聴く毎日となり、大学に進んでジャズの洗礼を受け、いつしか陽水からは離れて行ってしまいました。

先日9月23日にNHK-FMで放送されました 「今日は一日“井上陽水”三昧」
生では聴くことができませんでしたが、録音して少しづつ (何しろ9時間!) 聴き、あの頃の毎日 あの愛知県体育館の夜 を思い起こしていました。
そしてご登場の清水ミチコさんのエピソード。飛騨高山体育館でジャージ姿に体操坐りしての初陽水コンサート体験、しかもコンサートでの陽水さんのおしゃべりで 「名古屋から高山に移動云々・・・」 とか、「小春おばさん」 の印象とか、まさしく時代も様子もピッタリ!同じ年のツアーのコンサートでしたのでしょうか・・・とすればまさに前後しての陽水体験!
清水さんだけではなくリスナーの皆さんのメッセージの数々をお聞きしていましても、懐かしい当時のことがありありと思いだされ郷愁に浸るやら、私は転向しちゃったなあ、という挫折感?やら・・・。

もう45-7年前のことですのに、「断絶」 から 「氷の世界」 までの4枚のアルバムに収められた楽曲は、番組でイントロが流れた途端に自然と口をついて出てきます。
あの頃の陽水一色であった日々は間違いなく現在につながる私をつくりました。
いまでも5枚のLPと数枚のEPは大切に手元にあります。

kasaganai 20191010

手元に残る思い出の一枚
さすがレコード CDとは異なり年月を経ても現役です
けれども残念ながら手持ちのプレーヤーは45回転には非対応
ドーナツ盤は聴けません
  1. 2019/10/10(木) 13:55:28

上方文化講座2019 「心中天網島」

今年も夏の終わりの三日間、大阪市立大学の上方文化講座を受講してまいりました。

今年の演目 「心中天網島」 こそ、私を文楽に導いてくれた作品でした。
京都で下宿生活を送っていました大学時代、一乗寺にありました名画館によく映画を見に出掛けたものです。その頃にはよく ATG (日本アート・シアター・ギルド) の作品も上演され、そのうちの一つが 「心中天網島」、見た瞬間からすっかり心を奪われる素晴らしい映画でした。監督:篠田正浩 主演:岩下志麻 美術:粟津潔 音楽:武満徹・・・なんといってもその様式美溢れるモノクロの映像が美しく、そこに黒子を登場させて進行する物語り、そして 「おさん」 と 「小春」 とを岩下志麻が一人二役で演じるという演出。この時の感動から近松の原作を手に取り、もともとの人形浄瑠璃とはどのようなものであろうかとの興味から、大阪道頓堀の朝日座に足を運ぶということに至った次第です。大学を卒業後京都から大阪に移り、借りたアパートが都島を経て谷町9丁目、深夜に通った銭湯が日本橋でした。その銭湯の入り口真向かいで進められていました国立文楽劇場の工事も完成間近でした。そうして途中一時足が遠のいたこともありましたが、国立文楽劇場とはこけら落とし公演からずっとのお付き合いで今日に至ります。
「心中天網島」 は文楽・歌舞伎などで観ましてもやはり最初の衝撃、篠田監督作品が忘れられません。
今年の講義日程には
「語りとドラマ―人形浄瑠璃と映画が出会う場所―」
のコマもあります。
篠田監督作品にも触れられるのであろうかと期待して受講しました。

さて
近松門左衛門の演目と言いますと人形浄瑠璃の中でも代表的なもの という印象がありますが、今年の講座では一体どの程度上演されているのか というデータから話が始まりました。それが意外に結構少ないのです。三大演目 (菅原伝授手習鑑・義経千本桜・仮名手本忠臣蔵) が圧倒的に多く、実は近松作品は 「曽根崎心中」 がチラリと顔をのぞかせる程度・・・不思議!
それはまた、この上方文化講座でも近松作品を取り上げるのが実に久しぶりなのはなぜか、ということでもありました。
その鍵は 近松の時代 と その後~現代 とでの上演の形式に違いにどうやらあるようでした。

近松の時代は語り物としての要素が強く、また、人形は一人遣いでした。
語りが優先されるために (と言っても字余り時足らずなどが多くて太夫さんにとっては語りにくい、というのも近松作の特徴であるようですが) 人物 (=人形) の登場退場や場面転換などの説明が簡略化され、視覚的なお芝居として不自然であったり演出上困難が伴ったり・・・。そして登場人物が多く、一人遣いでは問題なくとも三人遣いとなりますと、人形遣いさんが舞台に所狭しと溢れ身動きもままならず、肝心の人形も目立たないどころか隠れてしまう、などという問題が多発。
そしてそれらを解決すべく、すなわち観客にわかりやすくするための言葉の整理や演出上のサーヴィスの盛り込み、また演じやすくするために登場人物を整理し減らす などの改作が近松半二らの手によって行われたという訳です。
そのため観客にとっては見やすいお芝居となったわけですが、一方原作者近松が盛り込んだ言葉による数々の仕掛けが失われてもいるようです。この 「心中天網島」 は治兵衛小春の物語りですが、「紙」 屋治兵衛の 「紙」 は 「神」 に通じ、その神もいない神無月 (十月) に命運尽きて小春 (旧暦十月の異称) とともに心中に向かう。また、「紙」 は 「文」 に通じ、物語では起請 「文」 に紛れたおさんから小春にあてた 「文」 が重要な役割を果たします。その 「文」 の存在を知らず小春の心変わりと誤解した治兵衛は散々に小春を 「踏む」。改作ではこの 「踏む」 を動作としてもわかりやすい 「張る」 などに言い換えられています。いたる所に仕掛けられた言葉のレトリック、人形浄瑠璃が語りを主としたものである証しなのでしょうけれど、江戸時代の観客は語りを聞き取りその仕掛けに気付いて、あるいは無意識にも畳みかけられて楽しんだことでしょうか。

さらに昭和の時代に文楽が松竹の興行で行われていた頃、近松作品も多くが復活上演されたそうですが、その際に興行上の受け狙いといいますか、わかりやすく情に訴えかける脚色がずいぶんとなされたようで、もうこうなると様々なヴァージョンが入り乱れ、何が何やら・・・。まあ厳密なことはさておき、一観客とすればお芝居の世界を楽しめればよいのですけれど。
原作/改作などということはつゆ知らずこれまでぼ~と生きてきましたが、原作は 「心中天の網島」 であり、改作 「心中紙屋治兵衛」 を含む現行文楽作品は 「心中天網島」 と区別して表記されているとのことでした。
そして学問の場である大学の講義として対象に取り上げる作品としては原作・改作には厳格であるべきであり、それがこの上方文化講座で近松作品が長らく取り上げられなかった理由ということなのでした。ちなみに本年の講座で取り上げられた 「北新地河庄の段」 と 「大和屋の段」 のうち 「河庄」 は改作 「心中紙屋治兵衛」 より、「大和屋」 は原作 「心中天の網島 」 よりのテキストということでした。

「心中天網島」 は享保五年10月16日早朝に網島大長寺で起きたと思われる紙屋治兵衛と紀伊国屋小春の心中事件、かなわぬ恋の物語り なのではありますけれど、まあそんな涙を誘うお話しではなく、なんともまあ救いようがなく情けない男を挟んで、この男にはもったいない鑑のような二人の女性の、女の義理の物語り。治兵衛小春の物語りと言いますよりは、おさん小春の物語り、もっとはっきり言えば女房おさんの物語りです。それほどまでに出来た女房がまたどうしてこんなダメ亭主に尽くすのやら・・・。おさんの父母が中之巻天満紙屋内の段に登場してあれやこれやと責め立てますが、こんな男を婿に跡取りにと見込んで娘にあてがったあなた方の眼が節穴であったから、こんなにもおさんが苦労しているのでしょう!と憤らずにはいられません。遊女という不遇の身でも小春には治兵衛を選ばない選択はあったと思うのですが、親に逆らうことなどできない時代のおさんにはハズレの男と添うより選択肢はありません。商いを切り盛りし、子を育て、遊里通いの亭主の身を案じ、その遊女との義から遊女の身請けの算段までも企てる。結果的にはそれが発覚してかなわぬこととなり、まあ最低限のマナーと言いましょうか、女房おさんに義理立てして死に場所を違えて治兵衛小春は死にゆきます。
10月の事件が12月早々には道頓堀竹本座で初演、今日のマスコミが話題の情死事件をあれやこれやと脚色して取り上げるようなものでしょうか、観客も事件がまだ生々しい間にその結果を知ったうえで事の顛末に興味津々に舞台を楽しんだわけで、今日私たちが文芸作品として客観的にこの舞台を味わうのとは少々意味が違ったことでしょうね。

冒頭にも記しました、「語りとドラマ―人形浄瑠璃と映画が出会う場所―」 の講義では、人形浄瑠璃では語りとドラマとが統合されているところに大きな特徴があり、その語りとは劇中人物になりきる演劇的要素だけではなく、あらかじめすべてを既に知っている俯瞰的な視点があることが特徴とのことでした。そして映画ではカメラの視点がその語りの機能を有しているということが、実際の映画作品の映像などで説明されました。その上で、篠田監督作品 「心中天網島」 については、画面に登場して物語りの進行を視覚的に手助けする黒子が語りの役割を果たしているということです。一方また、この映画では人形浄瑠璃に特徴的な言葉と身体との隔たりがなく、篠田監督自らが 「歌舞伎からの発想」 と語っているように、人形浄瑠璃の映画化というものではないのではないかとの指摘がありました。

思いますに、おさんと小春とを同一の役者=岩下志麻が演ずるということがこの映画作品では大きな意味を持っていますが、強烈な個性を持つ生身の役者であるからこそ可能な芸当で、これこそ決して人形ではできない演出ですよね。観客はおさんを見ても小春を見てもおなじ岩下志麻であることがわかり、けれども一方がおさんであり他方が小春であることを理解して物語を味わっていく。人形浄瑠璃で仮に同じかしらを使って ここではおさん こちらでは小春 だなんて、観客が混乱するだけです。あえてリアリティを排していかにも書割的なセットで演じたり、色彩を消してモノクロの世界で描いたり などとともに、歌舞伎でも文楽でもなく、映画ならではの武器を最大限に用いた独自の 「心中天網島」 なのだなと感じた次第です。

   * * *

さて、技芸員さんも加わってのお話しでは今年もまた含蓄ある言葉の数々・・・。

清介さん : 音がしない 「間(ま)」 その 間 を客に聴かせる。
(練習に関しての質疑に対して) 音がない時に音をイメージ出来れば、その音を手が探すようになる。楽器を弾くのではなく、浄瑠璃を弾く。

津駒太夫さん : (字余り字足らずが多いと太夫と三味線が合いづらいのでは、との質問に) お互いが気にせずそれぞれにやって、それでピタッと合うのが望ましい。

勘十郎さん : かっちりと遣えば様になる時代物に対して世話物は難しい、やわらかく自然に遣わないといけない。
人形を遣っての解説では、小春が治兵衛に張られて倒れる場面で、丹田 (へその下のあたり) を動かさなければ少々派手に倒れても乱れた感じにならず美しい所作となる、であるとか、一度蹴られる側へ身を傾けてから逆方向へ倒れることによって女性らしい優美な動作になる。

などなど・・・

「心中天網島」 については、津駒太夫さんも清介さんも、観客の多くは改作を好みお芝居としては改作の方が面白いのかもしれないが、演ずる側としては原作の方がやっていて楽しい、実がある とのことでした。改作にはあざとさを感じるとも。
津駒太夫さん清介さん勘十郎さんいずれもが語っていた孫右衛門のむつかしさ。町人が化ける武士として、武士が表に出過ぎてもよくない。ふとした時に町人が顔を出す、それをあからさまに見せず、武士と町人の変わり目をはっきりとは出さない・・・云々。

そしてお楽しみの実演は毎年どんどん本格化します。
素浄瑠璃では 「大和屋の段」 が大熱演で語られ、人形入りの舞台では 「河庄の段」 が、文楽劇場さながらに と言っても過言ではないほど立派なセットをこの狭い講義室に組み立てて、演じられました。
太夫:津駒太夫 三味線:清介 治兵衛:勘十郎 小春:玉助 孫右衛門:勘彌 という布陣
人形遣いさんが今年は3名もという豪華版、狭い舞台に 人形3体 遣い手9名 という、冒頭で説明のあった 「近松原作の舞台は人で溢れ・・・」 を3人の登場人物でも体感できるものでもありました。

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ことしの講座の様子は大阪市立大学の下記サイトにてご覧いただけます。
上方文化の粋・「文楽」を学ぶ ~上方文化講座2019『心中天網島』~

今年はこの講座と文楽本公演とが歩調を合わせてくれた、と言いましょうか
秋の国立文楽劇11月本公演にて 「北新地河庄の段」 から 「道行名残の橋づくし」 まで通して演じられます。
清介さんは 「北新地河庄の段」 の中、勘十郎さんは紙屋治兵衛、玉助さんは公演後期に粉屋孫右衛門 をそれぞれ担当されます。
予習も万全、本舞台が楽しみです。

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   * * *

ところで
講義が行われた学術情報総合センターにあります図書館では、今年の演目 「心中天網島」 にちなんだ関連書籍の展示もありました。
その中にとても詳しく丁寧に読み解いた文庫サイズの本があり、これは是非!と思いアマゾンで検索してみますと1997年のこの本はとうに絶版で古書の取り扱いのみ、それで箕面市立図書館で検索してみますと、おお!在籍。すぐに予約して手にしてみますと市大で展示のあった文庫版ではなく単行本、そしてその表紙に、あれれ?見覚えが・・・
家の本棚の、幾重にも積まれたり手前に置かれたりした本をどけて発掘しますと、なんと 出てきました!
《シリーズ古典を読む―3 「心中天の網島」 広末 保 岩波書店》
ほこりを払い扉を開くと 「昭和58年10月30日購入」 巻末には 「昭和58年11月2日読了」 のメモ書きが・・・
36年前、刊行されたばかりのこの本を手に取って読んでいたのか・・・
住んでいた都島 (心中現場の大長寺も近い!) の古く狭い貸室で朝出勤前に本を読んでいたその頃の生活を思い起こします。
本があふれこれ以上増えるのを避けるため、このところ建築関連の本以外はよほど気に入ったものを除いて努めて買わないようにしていますが、やはり紙の本を買うということはこうした再会があってうれしい。繰り返し手に取る本もあれば、こうしてすっかり忘れ去っていた本との再びのめぐり逢いも生じます。
今年の講義の中で清介さんが大切なこととして、「今は分からなくともとりあえず覚えておく。頭の片隅に置いておけばいつかふとした拍子にわかる時が来る。」 と諭していらっしゃいましたが、本も同じ。とりあえず手元にあること、そうすれば何かの拍子にまた手に取る機会が訪れ、古い記憶を手繰り寄せたり新たな発見に巡り合えたり・・・。
それにしてもその頃はこんな日付のメモを残していたのでした・・・しかも読むのが早い!
週休二日どころか日曜出勤もザラで終電より早く帰ることなんてない勤めの日々でしたのに・・・
パソコンもインターネットもない時代、テレビも音楽も、ビールを冷やす冷蔵庫もないひとり暮らし、本を読むことくらいしかなかったのでしょうね。

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  1. 2019/09/16(月) 11:08:18

2019夏 魂を巡る旅

まだ興奮もなまなましいうちに投稿 と思っていましたのに、いつしか秋となって夏の回想録となってしまいました。

この7月の始め 関東に行ってまいりました。
演劇実験室万有引力による 「奴婢訓」 の公演が武蔵野美術大学で行われることは早くから知っていたのですが (どこで知ったのだろ?)、劇団のウエブサイトを見てもなかなか情報が掲載されないし、あれれ・・・と思っていたところに、劇団からのメールマガジン。
曰く
「当初、武蔵野美術大学の学生と関係者のみへの公開を目的として準備をすすめて参りました小竹信節 退任記念公演『奴婢訓』ですが、多数のご要望にお応えして一般のお客様にもご観劇いただける運びとなりました。」
そうだったのか!そして読み進めれば、 メルマガ連載のコラム にて「奴婢訓に纏わる話」
「「奴婢訓」は、私にとって最も印象に残っている作品である。というのは、「天井棧敷」でのデビュー作が「奴婢訓」の京都公演であったからだ。私が「天井棧敷」に入団したのが1980年であった。」
おお!まさにそれ、それです!大学生の時、生協に貼られたポスターにそそられて出掛けた太秦の大映撮影所、そこで初めて観たお芝居というシロモノ。その体験は私にとってもう天地がひっくり返るカルチャーショックで、私にとっての芝居小屋通いもまたそこから始まったのでした。
東京だからなぁ・・・と思っていましたのが、これは行かねば!に変わり、ちょうどたまたま観に行きたいと思いつつも 「東京だしなぁ」 と横目で睨んでいた森美術館 「塩田千春展:魂がふるえる」、二つも重なればなんだかもう大義名分がそれぞれに出来たみたいですっかりその気、しかもどうせ行くならとあれこれ欲張って・・・。
盛りだくさんの旅となりました。

   * * *

朝早くの新幹線に乗って大阪を発ち、何はともあれまず目指すは森美術館 「塩田千春展:魂がふるえる」

開館の10時前を目指してたどり着けば、なに?この大行列は・・・?
事前にチケット買っておけばチケット売り場で並ばずに済みます、というネット情報を信じて出掛けたのに長蛇の列に呑み込まれ、もう展覧会場にたどり着いた時にはへろへろ・・・
けれども
一歩会場内に足を踏み入れた途端に身体中にぞくぞくっと走る感覚・・・いったい何でしょう、この正体は?
粗密ある空間の拡がりの中に有限無限の時空を感じ、ともかく素晴らしく圧倒された展示の数々!
まさしく魂がふるえる体験でした。

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最近は撮影OKの展覧会も増えました


折角なので展望施設から おお、あれがオリンピックスタジアムか・・・などと東京のビル群なども見渡し、さて横浜へ。

坂を上って神奈川県立図書館・音楽堂 (前川国男 1954) へ。

まず先に図書館、あいにく外構工事のために周囲が足場で覆われ、PCブロックを透過する光の効果を感じることができず残念。
内部の吹き抜けの閲覧室とその外側の縦ルーバーも、現代の眼で見てしまえばさほどの感慨もなく、年月を経た図書館であるなあ・・・との印象ばかり。

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続いてお隣の音楽堂へ、図書館とはうって変わってこちらではひどく感銘を受けました。

戦後の物のない時代に 限られた面積の中で けれども心から音楽を欲した、その真摯な想いが空間からひしひしと伝わります。
べニア張りのホール内装も好感度抜群。
それにしても面積がいっぱいいっぱいの計画、ホワイエはホール客席の下で段床がそのまま天井に現れ、ステージ横の客席出入り口はメインエントランス扉の真ん前近くでびっくり!ワンスロープの客席は最後部はもう外壁でロビーや連絡廊下もなく、舞台も僅かばかりの袖のみでバックステージはないのですね。
ともかく客席と舞台をなんとか苦労して敷地に納めましたっ!て感じ。そんな窮屈さも建築の質には微塵もマイナスを感じさせず、人で溢れるホワイエもよい心地です。
この日ここで神奈川フィルのモーツアルトをうっとりと (時にはうとうとと) 聴きました。
出掛ける直前に組んだ旅行の予定、この日のコンサートのチケットもギリギリに取りましたので最後列、ですがホール全体を見渡せて雰囲気もよく味わえご機嫌です。
客席下の空間をホワイトして確保するためか、ステージ先端からさほど離れず客席最前列が始まり、2列目からすでに段で上がっているためでしょうか、最後列の客席からは前の人の頭がずらり重なってステージ前方は結構視界がふさがれます。まあ良い音が聴こえれば、と音楽専用のホールとしてギリギリの妥協でしょうか。でも・・・兵庫県立芸術文化センターのよい響きに馴染んだ耳にはやや分が悪いかな。
終演後バックステージツアーが催されていたのですが、とうの昔に定員に達し締め切り。念のために問い合わせてはみましたがツアーには参加できず残念、ステージ裏の面積との格闘を見てみたかった。

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屋根のライン 水平にこだわらないところが実直な解決で好感を持ちました

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内装のべニアが こんなにも高貴な素材に感じられるとは!

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音楽堂・図書館の外観見るべく周囲をぐるりと廻れば、横の横浜能楽堂 (大江新 1996) には見学云々との案内が・・・
もちろん入り込んで一通り見せていただくけれど、図書館と音楽堂を見た後なので 豊かな時代の建築であるなぁ とばかり感じます。

横浜にうつつを抜かすことなく?再び東京は銀座へ。
コンサートの時間に追われ後回しにした塩田千春展関連の GINZA6でのインスタレーション を見に戻ったのでした。
吹抜に吊るされた 巨大な黒い船の数々。
見る角度によってとれもリアルな船に見えたり、骨格標本に見えたり、ただの大きなモビールに見えたり・・・。
原寸でないとわからないこの感覚を、作家はどのように構想するのでしょう。

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GINZA6を後にして表通りに出てみれば、もうそこら中に面白い建築や有名建築ばかり。完全なおのぼりさん状態になってしまいました。

この夜の宿は再び八王子の大学セミナーハウス。
前回本館に泊めて頂いたので今回は松下館へ。入口扉を開けて、あれれ?と感じてしまいましたのが踏み込みがなかったこと。ホテルの客室と考えればべつにあたりまえでしょうし、もちろん本館の宿泊室にも踏み込みなどありませんでした。けれども松下館のような独立スタイルのキャビンだと、無意識のうちに体の方が玄関扉あけて一歩中に入って靴脱いで・・・と動作していまして、それが土間がなくって戸惑ってしまいました次第。
靴脱ぐスペースとしてマットが敷いてありましたのは、やはり落ち着かない人が多かったから?
天井は外観を反映して円筒状、平面はやや変形、けれども際立った意匠の癖もなく、浴室はごく普通の愛想ないユニットバスに付け替えられていて少し物足りません。

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今回は日の出も早い7月の朝、早くに目覚めて敷地内を散歩しますと、おやおや数か月前の3月の朝とまったく同じところに鎮座していらっしゃるではありませんか!夏服にお着替えになって!ここのあるじなのね?

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3月の折ねこさんの写真と比べてみてください!


   * * *

二日目です。
前日の 「塩田千春展:魂がふるえる」 の文句に触発されての巡礼旅でも、もちろん個人的な終活でもなく、どんより曇ったこの日は霊園巡り。

まず向かいましたのが所沢聖地霊園 (池原義郎 1973)。

これがなんとも素晴らしい、魂が洗われます。
敷地全体のランドスケープ から 素材や納まりの細部に至るまで、全てが美しく清らかにコントロールされています。
聖性が 大げさに劇的に降り注ぐように演出されるのではなく、ひそやかに心のうちより湧きあがるように細心の注意を払ってつくり上げられています。
霊園全体のエントランス その門扉の幅広のスチールプレートのひねり その門扉から斜め奥に覗く礼拝堂。
高く伸びた樹列に導かれ微妙に折れるアプローチを進めば、幾何学的に盛り上げられた大地のみどりから屋根だけが姿を現す礼拝堂、シンボリックな天窓のガラスの立方体がこちらを向いています。
その大地の盛り上がりは白い壁でスパッと切り取られ、その合間前方に静かな波紋を湛える丸い水盤、そこで折れ曲がって初めて礼拝堂の白い壁面が現れます。
正面には木製の扉、脇に分かれた径には鉄扉、池原先生らしい鉄の庇の下の鉄扉のデザインはいかにも凝ったものであり、それに対して堂の正面扉である木製扉は抑制された品格あるデザインです。
内部に入れば、左右の壁・天井には非対称にさりげなく様々な意匠が施してあります。単体で見れば何ということもない照明器具も複数を美しく配置し、取り付く壁面を凹状にして光を溜めています。天井を抑えた導入路を進み、右下の美しい彫塑的な開口に導かれて右に折れれば礼拝堂の全貌が目に飛び込みます。間口一杯に低く開口を設けた祭壇側正面、勾配をつけられた大地の緑のみが眼に飛び込みます。抑えられた壁面の、水平に縁を切った上には豊かに広がる板貼りの大天井。それを支える美しい木製の飛び梁。その梁の集まる頂点にはあの立方体のガラスの天窓。劇的な聖性を演出するのであれば祭壇側の天井を高くして上部から光を降り注がせるものでしょうが、この礼拝堂ではあくまで正面祭壇側を低く抑えて、頂点は振り返って見る後方右手側に設けられています。天窓から斜め対角方向に射した光線が祭壇を貫くことが意図されているとのことでした。その天窓の下、天井面から突き出た美しい梯子。現実にはメンテナンスには用いられないそうですが、しかし点検用梯子をここまで美しく見せ場にしてしまうとは!
礼拝堂の周りに拡がる静かな緑地のスペースにも出していただきましたが、広い霊園のあれだけの数の墓地の真っ只中に位置しながら、礼拝堂からもこの緑地からもただの一つもお墓が見えません。
礼拝堂を囲む土手の中に埋め込まれた納骨堂はなんと時代を先取りし過ぎたロッカー式、もちろん人間の尊厳を失わない意匠の仕掛けの数々が施されています。
それにしてもこの礼拝堂の見学、私一人のために職員の方がつきっきりで内外バックヤードも含めとても懇切丁寧に案内くださり、建築のすばらしさ・環境のすばらしさとともに、その応対が深く心に染み入るものでした。

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続いて訪れましたのが狭山湖畔霊園の礼拝堂と管理・休憩棟 (中村拓志2013-14)。雨風がずいぶんと激しくなりました。

現地に行ってびっくり、既にあった霊園の中での建築のためですが、敷地がこんなにも過酷な条件であったことには驚かされました。
霊園を目指して坂道を進んでいきますとカーブに差し掛かったところに駐車場、なんとそれが管理・休憩棟の水盤の下なのでした。木立の中に埋もれるように建っている写真を見ていたので、こんなにもいきなり道沿いに建っていようとは思いもしませんでした。建物も非常にコンパクトなものです。非常に低く抑えられた軒のラインが外からも内からも美しい。そして内部の磨かれた黒い漆喰壁があらわしの木の垂木と対比的でとても映えています。
礼拝堂にはさらにびっくり。霊園の片隅の、ほんの残地のようなところに建っています。よくぞまあこの敷地にこのような美しく独創的な形態の建築が生み出されたものだと驚嘆せざるを得ません。そして発想した建築家も凄ければ、これを施工した技術者もまた驚くべき技です。礼拝堂の内部はそれこそまさに小さなスペースで、木の架構のみしかありませんが、形態がなす空間の起伏あるつながりがとても心地よいものです。
それにしても小径に囲われた僅かな隙間の立地、礼拝が行われていますとあまりに内部の静寂の行為と近く、その径を歩くのがためらわれます。

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こういう写真に騙されるのですね この建物がいきなり道路沿いにあるなんて!

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ここから三鷹に移動して、ルーテル神学校 (村野藤吾 1970)へ。

スケジュールが不確定であり事前の見学願いもなく訪れたのですが、外観だけでなくチャペル内部も見学させて頂くことが出来ました。
写真から思い描いていました姿よりもやや小ぶりな印象の外観はさすがに神に仕える建物、美しく保たれています。
昨夏訪れました谷村美術館と同じような、粗い吹付の外装・独立した様々の形態の連続、という共通項を持ちながらも、あのような有機的な形態とは対照的に この建築は水平垂直の幾何学に則り、様々に複合する複雑な形態操作がなされ、地面と接する足元も“生えたように”ではなくはっきりと直立しています。そしてチャペルの内部、なによりもその天井の複雑で重層的な操作に魅入りました。水平垂直の幾何学操作のみでもやはり村野さんならではの独自の世界を見事につくり上げていることです。

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この天井は本当に見れば見るほど仕掛けに気が付きます

   * * *

さて、建築巡礼はここまでにして足元を気にしつつ玉川上水沿いを歩いて武蔵野美術大学へ。半年前に図書館の見学に訪れたばかりですが、今回の舞台は美術館 (美術資料図書館 芦原義信 1967)。

冒頭に書いた顛末を繰り返せば、1980年京都太秦撮影所での 演劇実験室天井桟敷 「奴婢訓」 公演をまさにあっけに取られて喰い入るように観てお芝居というものに目覚め、今日の現代劇から文楽歌舞伎などに至るまさしく私にとっての出発点、三つ子の魂百まで、とは言いますが私のお芝居の魂はここから生じました。
けれどもほどなく寺山修司さんが亡くなり天井桟敷は解散、それを引き継いだ劇団万有引力の旗揚げ公演は確か心斎橋パルコであったか、期待をして観に出掛けたのですがやはり天井桟敷とは趣きが異なり、また万有引力は天井桟敷時代の演目を封印していたためもう一回くらい大阪公演を観ましたか、その後は足が遠のいていました。しかし劇団が寺山作品の復活公演も行うようになっていることををある時ウエブサイトで見て以来、いつかテラヤマのナマの舞台をもう一度見たいと思い続けていたのでした。
そうして迎えた劇の幕開け、いったいどのような場所でどのような仕掛けで演じられるのだろう、と興味津々でした。
開場を待つ間、美術館の中の様子は外からはうかがい知ることができないようになっています。入場が始まり美術館の中に足を踏み入れますと、暗い・・・よく見えない・・・誘導されて進めば、吹き抜けのロビー空間に舞台・客席が組み立てられ、入ったエントランスは舞台の後方なのでした。舞台の横をすり抜けその先の客席にたどり着いて振り返れば、そこに現れた舞台の全貌。吹き抜けロビーに対してやや斜めに振って劇場が設けられ、正面と下手側にセットが組まれています。この建築の特徴ともいえる吹き抜けのロビーに掛け渡されたスロープをも組み込んで、水平にも垂直にも重層的に拡がる複雑で蠱惑的な空間が広がっていました。
お芝居が始まれば客席内も含めて至るところで多発的に演じられ、あの寺山ワールドが皮膚を通して私の中に滲み込んでくる、興奮の舞台が展開していきました。ただ少し残念であったのは、吹き抜けロビーの特性から来るのか、私の耳の衰えか、音が声が聴きとりにくかったことです。特に開演からしばらくはよくわかりませんでした。知った演目であり脚本を読んだことがあるといってもそれも既に40年ほど昔の話しです。私の中でも長年封印されてきた寺山芝居、徐々に記憶が呼び覚まされ、ギュウ詰めでわずかな身動きすらままならぬ中で酔いしれた当時の感覚と今宵の生の体験とを複層して噛みしめる2時間でした。

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ところで・・・

あの京都太秦公演の公演チラシやチケット半券 (まだチケットが個性的であった時代です!) いまでも大切に保管しています。
この夜の公演は大学の、いってみれば教授の退官記念講義に位置する特別公演ということで、紙のチケットもチラシもないのはとても残念!チケット代わりのメールなんてねぇ・・・。
  1. 2019/09/07(土) 11:25:52

2019 残暑お見舞い申し上げます

残暑お見舞い申し上げます

厳しい暑さに もうどこへ行くにも日傘が手放せなくなりました
陽が遮られれば一緒でしょ? と雨傘で代用しておりましたものの
「遮光 UVカット率99.9% UPF50+ 紫外線対策 遮熱効果・・・」
云々のうたい文句に惹きつけられて 日傘を購入
これまで女性の方々はこんなにスグレモノを使っていたのか・・・と今更ながらに遅れた男性の立場を省みる日々です
どうぞ皆さまも酷暑にお気をつけてお過ごしください

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***以下 残暑見舞いはがきの文面です*** 

残暑お見舞い申し上げます

梅雨寒の日々から突如として猛暑に襲われ身体が追いつかない今年の夏です
皆様いかがお過ごしでしょうか
私は七月の始めに埼玉県所沢の二つの霊園建築を訪れてまいりました
近年の狭山湖畔霊園 (中村拓志) はとても興味深い建築であり それにもまして半世紀近く前の所沢聖地霊園 (池原義郎) は敷地の捉え方から建築のごく細部に至るまでいずれを眼にしても驚きと発見に満ち心動かされるいっぽう 建築の果てしなさを思い知らされることでもありました
併せて訪れました東京森美術館の 「塩田千春展 魂がふるえる」 とともに まさしく心がふるえる旅となりました
まだしばらくは暑さも続きますが どうぞ皆様夏の疲れにご注意くださいませ

木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢

  1. 2019/08/09(金) 12:21:29

六甲枝垂れ と 風の教会

今年もまた 夏の始まり
ラジオ体操が今朝から始まりました

ずっと梅雨空が続き 肌寒く感じる日々もしばしばの今年
夏 という感じがあまりしませんけれど
けれどもラジオ体操と時を同じくして
急に蝉の声も響き渡り始めたような・・・

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ちょうど一週間前 この日も雨で寒い日でした。
場所もまた六甲山頂とあって 一段と気温が低い。

氷室開きのこの日、六甲枝垂れで 設計者の三分一博志さんの講演会と、ご本人の案内による現地見学会が催され、出掛けてまいりました。
あいにくの天気にも、三分一さんが 「このような雨に煙る六甲山頂らしい天候で皆さまは運がいい」 と言われると何だかそのような得した気持ちになってしまいます、でも寒さで我に返りますけれど・・・。
氷室を見学したのは初めてで、氷には直接触れない空気の流れなどその仕組みは実物を前に説明を受ければ 「なるほど・・・」 と腑に落ちます。
自然を体感するこの建築、地球温暖化も肌で感じているそうで、建てられた10年前に較べて製氷された氷の厚みが今年は半分以下、お盆までもつかどうか・・・ということなのだそうです。もしもお盆の暑い盛りに蓄えられた氷が溶けてなくなってしまったら、他所から補充などするのですか?と三分一さんに尋ねると、「尽きたらそれで氷はおしまいです。自然を体感する施設ですから」 ときっぱり!潔いですね!

この日は 講演会参加者向けに安藤忠雄さんの風の教会も特別公開され、厳格な寸法割付に則った禁欲的な空間も堪能。
山頂での無料送迎バスなども含め、主催者の方々のとても丁寧で手厚い応対に感じ入りました。
六甲枝垂れの運営・維持管理にはご苦労も多かろうと思いますが、意気込みとか誇りとかを感じるとても良いイベントでした。

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  1. 2019/07/20(土) 09:29:49
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