レーモンドの戦前の学校建築巡り、今回は小林聖心女子学院へ出掛けてまいりました。
事前に問い合わせますと、昨日5月3日は学院際で見学自由との事でしたのです。
阪急今津線小林駅から学院まで、それらしい雰囲気に舗装された径を進むとやがて両側から新緑のもみじに鬱蒼と囲まれた坂道へ。傍らの池は深い色を湛えてなにやら神秘的・・・。良家のお嬢様のイメージたっぷりに歩みますと、女子学院は丘の上に、頭の中に出来つつあった楚々という感じ(?)ではなく、むしろ堂々とした感じで正面に建っていました。
1926-27年に神戸聖心学院として建築されたRC造3階建ての建物、これまでに見た岡山清心高等女学校(1928-30)や、聖母女学院(1931)に先立つものです。とは言ってもほとんど同時期なのですが、3つの中では少々つかみどころのない印象でした・・・。デザイン的に一瞬で目を惹かれる、というような特徴や演出に欠けるのです。
装飾のない淡い白色の四角い外観は確かに近代建築ではあり、レーモンドらしい縦3分割・2分割の窓や、窓上にきちんと設けられた庇などを備えていますが、壁面はやや単調な感じがあります。また、学校建築としては窓が小さく壁面勝ちの印象を持ちました。そんな中、正面エントランスは壁面を四角い面の分割と凹凸の構成で変化を設けていますが、近代建築らしいスパッとしたデザインというよりは、デコ的な感じを受けます。正面玄関同様随所に設けられた出入り口も全てコーナーはアールのデザイン、平面の四隅に設けられた階段室もアールの壁面となっているのもまた、そのような印象に一役買っているのかもしれません。
この建物、内装もそうですが、外部も部分的な増築や改変などが結構あるようすです。
 | 正面(北面)玄関部分外観 |
 | 西面グラウンド側玄関 |
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講堂部分外観 中央部分にスロープの地下道があり中庭に抜けています | アールを活かした開口 コーナーもアールですが、 ここにはエレベーターシャフトが増築されています |
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背面南面の外観(部分) 面を細分し凹凸で変化をつけていますが、ちょっと複雑な感じ | |
平面は 「日」 の字を横に寝かせた形のプラン、敷地の高低を素直に活かして3階建てが西半分は1階部分が地中に埋まってなくなり2階建てとなっています。二つに分割された中庭にもそのまま高低が反映されていますが、面白いのは東の中庭へのアプローチ。スロープで下がってトンネル状に校舎をくぐってまた上り中庭に至ります。
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| 低い方の東側中庭 正面に見えているのは講堂部分 | 西側のレベルの上がった中庭 正面に見えているのは 「日」 の字の中央の 「-」 にあたる部分 1階は屋外に解放された部分ですが、 正面玄関から入ってすぐにこの外部ピロティ部分に出てしまうのは 不思議な感じ この渡りの部分もオリジナルの部分なのでしょうか?違和感を覚えました |
 | 中庭に面した教室外観 |
興味を惹かれましたのは、正面玄関もサブエントランスも、庇の上部天井をくりぬいて一段高い窓から明かりをもたらしていること、雨の多い日本の気候風土に合わせてきちんと大きく庇を設けつつ、その庇下空間をとても明るいものとしていることでした。
| 正面玄関 |
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| 正面玄関の庇 光を取り入れる工夫がなされています | 内部風除室側から見上げた様子 |
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| こちらグラウンド側エントランスも同様 | このようなサブのエントランスも何箇所か設けられていました |
近代建築といいますと四角い箱で、現代の日本でも窓の上・玄関の上に庇のないデザインが多く見られますが、気候風土への畏敬やその地形の反映など、世界共通様式を標榜する近代建築の原則とは一線を画して、新しい表現と技術を腐心するレーモンドのあり方には多くを教えられる気がいたします。
内部もまたとても簡素なもので、床のテラゾーも模様のないもの、各教室の木製扉もとても大きな片引き扉でしたが、ごくあっさりしたもので納まりも直裁的なものであり、廊下との間には欄間の通風はありますが基本的には閉じたものでした。窓周りは窓の抱きを活かした陰影がありましたのはこれまで同様、ここでも室内側の窓台には磁器タイルが用いられていました。その窓はアルミサッシュに付け替えられていましたが、一箇所だけオリジナルのスチールのものが保存され、その脇には解説の銘板が取り付けられていました。
それにしても天井が高い。天井高さは4mはあるのではないでしょうか?
内部廊下もコーナー部分の壁面はアールが取られており、デザインというよりも安全への配慮を感じました。
 | 中央下側の窓が、オリジナルのスチールサッシュが保存された窓 これ以外はすべてアルミサッシュに付け替えられています サッシュ割ガラス割が変わってしまって質感のみならず雰囲気が異なります |
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| 内部から見たオリジナルスチールサッシュ | 面台は黄色の磁器タイル |
 | 教室と廊下との間は上部欄間に開口が設けられてるのみです 引き戸は面付けで、上部レールを収納するボックスが連続して大きく設けられています 金物は古いもののようでしたが、この扉はオリジナル(の意匠)でしょうか? ここでも引き込まれる壁側の意匠が扉に似せたデザインとされていましたが、 岡山清心ほど完全なそっくりさんではなく、壁面という扱いです |
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教室内部の様子 内装はすっかり改められた様子ですが、巾木と床の周辺部のテラゾーはそのままと思われます 窓と窓の間の柱型がそのまま天井の梁型に連続し、門型フレームとしてインテリアを均等に 分節する様がデザイン的にも活かされています
| 同じく教室内部 廊下側を見た様子 ともかく天井が高い! |
 | 正面玄関近くの階段 蛇腹式の横引きシャッターと上部の欄間格子は当初のものでしょうか? 後日のもの? |
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| 修道院部分への階段のみ、このような太めの手摺の意匠でした | |
残念ながら本館南東2-3階の修道院部分は見学が出来ず。別館に新築の聖堂が建てられていますので、この修道院部分は現状どうなのでしょう?岡山清心や聖母女学院に対し、小林聖心ではレーモンドのチャペルがないということも大きな印象の違いです。
講堂も少し拝見しましたけれど、演劇の上演中でしたので暗くて不詳・・・。そのお芝居はかなりのものとでしたが・・・すみません、不純な動機で少しの時間だけ観劇しました。
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それにしてもまったくの余談なのですが・・・
聖母女学院を案内頂いたおり、教頭先生がクラス名板を指差して 「高校でもクラス名が 『百合組』 などの名前なのですよ」 と仰っていたのを可愛らしくお聞きしたのですが、おやおや、こちら小林聖心でもやはり中学高校でも 「あやめ組」 「ばら組」 「ゆり組」 ・・・ 女子校ってこれが普通なのですか?
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 | 本館の南西に建っていました旧小学校校舎 古いもののようでしたが、こちらは誰の設計なのでしょうか? |
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- 2012/05/04(金) 23:35:54
名古屋や岡山に出掛けて、地元大阪をおろそかには出来ません。
というわけで地元大阪 香里園にあります聖母女学院を見学させていただきました。
レーモンド自伝には
「大阪の香里にある聖母修道院と女学校(1931)も、当時私がデザインした大きな仕事であった。なかでも体育館(1934)は、その自由度と完全な技術の点で、その頃ではきわめて優れた現代建築のひとつである。」
と、自信をもって語られています。
けれども、その体育館は残念ながら建て替えられて現在は残っておりません。しかしながら女学校の校舎は現在もまだそのままに使い続けられています。
それにしても、「レーモンド建築」 と勇んで見学に伺う眼には、少々まごつく外観です。スパニッシュの色濃く、エントランス外部やホールにはオーダーまで設けられています。けれども校舎も正面側こそ様式的な意匠が取り付けられていますが、反対側外観は蛇腹は水平に廻っていますものの、近代建築の構成、何とも不思議です。
それに対して現在見ることのできない体育館は、当時の写真を見る限りどこを切ってみてもまさしく近代建築の正統。
レーモンド自身もいろいろと過渡期であったのか、学園側からの欧風デザイン的な要望でもあったものなのか???
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| 正面玄関 | 玄関からまっすぐ一直線に廊下が貫きます |
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窓上部に装飾的なアーチのレリーフが廻る廊下側外観 当初は2階建てで、3階部分は増築です | それに対して教室側外観は矩形の窓が規則正しく並ぶのみの近代的な表現 雨樋はクラシカルなものでした
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小学校エリアの教室側外観 水平の庇が連続はせず、切れ切れに設けられています こちらも直截的な表現 | |
案内をしてくださった先生も心得たもので、まずは見学者の一番人気、小学校用雨天体操場へと案内してくださいます。
おお!
全くの二面がスチールサッシュで解放された空間、東側の木立の緑がとても眼に近く飛び込んできます。柱と梁が直截に表現された、荒々しいコンクリートの打ち放し、粗い骨材が随所に現れています。取り壊された体育館を充分偲ぶことができる貴重な空間でした。
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小学校用雨天体操場外観 細かな格子状のスチールサッシュが東・南の二面に壁面全体に設けられています 下部引き戸の直上にはスチール製の庇が連続して設けられています | |
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矩折れに2面はサッシュ 他の2面は打ち放しの壁面 天井近くのサッシュ2段はオペレーターで開閉 | 壁面も天井(白く塗られています)もコンクリートで、ともかく音の反響は大変なものでした |
そしてチャペルへ。
中央が山形になった折版の屋根/天井、両側壁にはコンクリートブロックに色ガラスを嵌め込んだもの、レーモンドらしさが随所に感じられるデザインでした。祭壇正面の壁は白い大理石(?)を張り合わせたものでしたが、石の濃淡が鉛直に縞模様をなしています。とても小ぶりの滋味溢れる内部空間です。
聖堂のスケールに対して祭壇左右の円柱がいささか太い印象と、聖堂背面が特にデザインされている様子ではないことがギモンではありましたが・・・。
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| 聖堂正面 | |
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| 円柱奥のスリット窓には色付のガラスブロックが嵌め込まれています |
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| 聖堂背面 | コンクリート製の窓のブロック |
ところで二階席に上がるらせん階段、遠目に見たらあれれ?村野藤吾風手すり???恐らくは児童生徒の落下防止のために間に合わせで取り付けられたものと思われますけれど (と勝手に解釈していますが)、手摺子間をつなぐこの繊細で自由な曲線を描く丸鋼、もう少し丁寧な仕事であれば勘違い?して感動してしまいますね。
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| 聖堂2階へのらせん階段 | こちらは聖堂へ上がる階段室 窓には格子状のコンクリートのブロックが嵌め込まれていました |
このチャペルの外観では屋根の折版が飛び出しているのが印象的、既存校舎の一部であったのですが、取り合い部分では斜めの壁を設けてデザイン的に明快に分離されていました。
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| 聖堂外観 3角形に飛び出している部分が2階席へ上がるらせん階段が設けられている膨らみ | |
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一般部分と聖堂部分との接続部分 明確に見切られています 左手に見える縦長格子状のブロックが階段室の窓 | |
ところで、見せて頂いたこのチャペルはエントランスから直線状にまっすぐ貫く長い廊下の先端に近いエリアの2階にあったのですが、竣工当時の図面を見ますとチャペルは廊下の突き当たり1階に描かれています。見学に先立って知り合いの方からわざわざこの図面を頂いて、事前にあれこれ眺めていながら、ついつい現地では見ることに気を取られてしまいました。2階に案内される際には あれ? と思ったにもかかわらず・・・です。情けない・・・、勿体ない・・・。
うーん、これはどうしたことでしょう?図面に聖堂と描かれた部分は現在はどうなっているのでしょう?
もともと修道院として設けられたこの奥のゾーンが現在の小学校のエリアとなっているようですが、途中で改修移設されたものか (内外の構造や仕上げからは考えづらいですが・・・)、目にした図面以降に設計が変更されたものか、あるいは図面は1階平面図のみで2階平面図は載っていないのですが、1階にも2階にも!あったものか???
後になって図面を眺めていますと、なんだかますます気になります。
それにしても不躾な見学訪問の私一人のためにつきっきりで長時間丁寧に案内・解説頂きました聖母女学院の教頭先生には、本当に心よりお礼申し上げます。
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| 壁面の三角形の開口は階段に共通のデザイン |
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床のテラゾーの様々な意匠 チューリップやおさかななどの具体的なものと思えば、一方では幾何学的なものまで・・・ 耐震改修された小学校エリアでは残念ながら床もビニルタイルとなっておりました | |
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ところで京阪香里園駅から聖母女学院への道のりの途中で見かけました木造の家屋、一目見て 「ン? 只者ではナイな?」 という風情。何気ないような佇まいながら、あちこち随所に目を惹かれます。内部も見せて頂きたい、と願わずにはいられないお住まいでした。
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左右非対称の庇のデザイン 下部の幅を狭めた六角形断面の腕木、崩した格子状の玄関扉や欄間、 何気なく取り付けられたガラスの照明器具、ガラス窓の格子などの意匠・・・うまいなぁ、と惚れ惚れ つい、聴竹居を思い浮かべました | |
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聖母女学院 公式サイト
http://www.seibo.ed.jp/index.html建物について のページ
http://www.seibo.ed.jp/about/symbol.html#honkansymbol.html
- 2012/04/15(日) 17:59:02
今日は好天に恵まれお花見日和、近くの川沿いでも7-8分程度でしょうか、私もしばし薄桃色の桜の花を楽しみました。
さて、昨日は昨年完成した住宅の一年検査で岡山方面に出掛けましたので、その機会を利用して、レーモンドの建築巡り 岡山編・・・
岡山にありますノートルダム清心女子大学を見学させていただきました。
昭和4年(1929)に清心高等女学校として建築された鉄筋コンクリート造の建物、先週の名古屋の南山大学(1962-64)よりも35年ほど前の作品です。
まず建築そのものよりも何よりも、竣工時の趣きそのままに本当に丁寧に美しく保たれていることに感動。
女子大ということや新学期が本格的に始まっていないことを割り引いても、ともかく清掃が行き届いて美しい。ゴミひとつ落ちていず、床も手すりもぴかぴかに磨かれて輝いています。だからこそ、鎖で開閉する窓のスチールサッシュも、繊細な組子のスチールドアやそのレバーハンドル、木製の引き戸の独特の引手や縦軸回転の丸窓も、ほとんどが古いままに(オリジナル?)現役で用いられています。設計上でも、例えばスチールサッシュの窓台室内側がすべて釉薬のタイル張り面台であったり、壁・床あらゆる入り隅がアールが取られていてゴミが溜まりにくいなど、清掃のしやすい納まりとなっていることなど、設計者と使用者との幸福で理想的な状態が80年以上にわたって続いてきたと思われます。
建築以前にもうすっかりと天国にいる心地です。
さてさて、その建築ですが、まずは受け付けを済ませて本館へ。2階建て、というのがなんとも優しい印象です。中庭を持つロの字型の平面、白く塗られた建物を上部軒周りに水平に庇が廻って垂直方向に抑制が利きていっそう穏やかな感じ、その長い壁面に穿たれた開口部は細かく柱型で分節されています。この柱型が1階から2階まで連続して壁面にも陰影を与え、より親密で木造的なスケールを感じさせてます。軒の水平ラインもそうですが、2階窓下に設けられた連続する水平ラインが、見付は小さいながらも立面上ではとても利いているように感じます。
中庭もとても静かに落ち着いた感じです。
いわゆる近代建築の字義通りの、「白い箱・規則正しく空けられた四角い窓」 ですが、とても清楚で優しく親密な空間があります。
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本館のファサード 教室側の成の高い窓
| 中庭側 廊下側のファサード 窓周りの庇・付け柱・水平の見切りが壁面を分節しヒューマンなスケールを醸し出しています |
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| 静かな落ち着いた中庭 程よいスケール感です | |
内部に入りますと、開口部の柱型は光に彫りの深い印象を与え、とても効果的でした。その窓、結構腰が高い。教室などの出入り口は全て引き戸でしたが、一見引違い風、けれども片側は扉と意匠を合わせた壁、というのが面白い。教室は廊下側には丸窓と上部欄間窓が開いているのみで、基本的には閉じて落ち着いた授業空間としています。
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| 中庭への開口部 | |
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テラゾーの巾木と床 入り隅はアールが取られています 清掃が行き届いた床 | |
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| 窓を分節する柱型が 光と影の彫りの深い印象を創りだしています | 窓台のタイル スチールの突き出し窓はみな現役 |
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一見引違いのようですが、右側の引手のある方が扉で左側は壁です 奥に丸窓 | 手も掛かりやすく見た目も味のある引手です 日本の襖の引手がモチーフだとか・・・ |
さて、いよいよ聖堂のある東館へ・・・・。
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東館ファサード 格子状のガラス窓は聖堂前室から聖堂2階席へと連続しています | 聖堂の側面と塔 |
東館のメインのエントランスは閉じられているようで、本館側から入ります。その本来のエントランスはとても小さなもの。まさしく 「狭き門より入る」 といった趣ですが、その入り口扉両側に小部屋が設けられていまして、北側の室が男子便所!当初からそうなのかどうなのかは???ですが、けれども結構古くからの便所のようでした。
(自伝に小さく掲載の平面図を見ると当初から便所のように見受けられます・・・)エントランスホール左右両側に設けられた聖堂への階段はとても緩やかなテラゾーの階段でしたが、そこにも矩形のガラスの意匠が設けられています。階段の納まりお構いなしに!というのが興味を惹きます。階段を上がって2階へまいりますと、両の階段室と聖堂前室の3つの部分の床はテラゾーの中を四角くフローリング張りにして、その板の向きを変えるなど、特別な場 を演出しています。
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東館の正面エントランス扉 内観 とても控え目なエントランス
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左右が2階聖堂へと至る階段 このあたりも質素なデザイン 正面は通路ではなく 受け止めるようなものであってほしかった とも思いますが・・・
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| 階段下は物入れとしたりしていますが お構いなしの格子状ガラス窓 | |
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| 一方の階段の上部には 聖堂2階席へのらせん階段 | |
そしてその前室、細かく四角く分割された壁面いっぱいの窓、その色ガラスから光が満ちています。
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聖堂前室のステンドグラス 幾何学のみの構成
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高ぶる気持ちを抑えて矩手に曲がって聖堂へ・・・
はーーー・・・
清らかな静謐な空間・・・
心が洗われる心地です
この空間もまた、白い壁面・矩形の窓 ステンドグラスといってもこれもまた淡い色彩の色ガラスがランダムに取り付けられているのみ。天井こそはフラットではなくアールを描いてはいますけれどもRCの梁を現し、梁と梁との間をやはり矩形に区切っているのみ。
装飾的な要素・伝統的な要素は一切なく、近代的な合理的空間要素のみでありながら、詩情あふれる聖なる空間が実現されていることに深く感銘。
色ガラスを通した淡い光の影が白い壁面にほのかに色を落とすさまに見とれます。
ああ、素晴らしい・・・
聖堂の大きさも大き過ぎず、とても心地よいスケールでした。
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| 聖堂内部 明るく清楚な空間です |
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| 聖堂側面 垂直と水平による幾何学のみの構成 |
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| 聖堂背面 入り口と上部2階席を見る | ステンドグラスからの淡い光 格子状の側面や壁に映るほのかな色が美しい |
ところで祭壇正面の意匠が、大学ホームページの写真で見るのとは異なって、より簡素な意匠となっていました。円筒状の壁面に細い木製の桟を粗いピッチで打ち付けただけのもの、そして十字架もとても繊細なもので静けき空間にとてもよく合っていました。改めて大学ホームページの写真を見ますと、かえって演出過剰に思われてしまいます。昨日の姿がオリジナルなのでしょうか?
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学校の名が 「清心」 ですが、内外の空間はいずれもその名の通り 「清新」 そのもの、近代建築の黎明期にその新しく合理的な精神と、先端の鉄筋コンクリート造という技術を用いつつ、ヒューマンなスケールで詩情あふれる清新な空間を創りだし、そして現在に至るまで美も息吹も失われずに使い続けられていることに深く感銘を受け、シアワセな空気に包まれて岡山を後にしたのでありました。
長時間ゆっくりと心ゆくまで見学させて頂きまして、本当にノートルダム清心女子大学には感謝です。その見学中、一人でぶつぶつつぶやいたり、ため息を漏らしたり・・・挨拶を下さったりすれ違ったりしたお嬢様方、
(本人はそう思っていますが) けっしてアブナイものではございませんでしたので・・・
お世話になりました ノートルダム清心女子大学 公式サイト
http://www.ndsu.ac.jp/聖堂正面の意匠が私の写真とは異なっています
- 2012/04/08(日) 21:07:22
用あって愛知に帰った機会を活かして、昨日曜日は名古屋の建築巡りに。
札幌の教会に感動したワタクシ、レーモンドの神言神学院がお目当てだったのですけれど、事前に電話で見学を問い合わせますと、ただいま改修工事中、工事の終わる今年八月以降に・・・との事。残念ではありましたが、ともかく南山大学だけでも、と足を運びます。
最寄の地下鉄駅を出ますと目の前に名古屋大学豊田講堂、やはり無視して通り過ぎることもできず、まずはそちらへ。
こちらも近年改修工事がされてコンクリートも妙に美しい。ピロティ部分の柱がとても繊細にけなげにすくっと立っている印象。内外の空間の造り方や効果的なスカイライトなどに見とれます。大学はまだ新年度が始まる前の日曜日とあって学生の姿もほとんどなくひっそり静まり返ったまま。豊田講堂はホワイエには入れましたものの豊田講堂裏の野依記念館は施錠してありまして、外観だけ見学。
初めて来たのですけれど、それにしても名古屋大学って広いですね・・・。そのともかく広く樹木豊かなキャンパスがとても管理が行き届いて整然としている、私の過ごした大学とはずいぶんと趣きが異なります。
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| 豊田講堂 設計:槇文彦 1960 日本建築学会作品賞 DOCOMOMO・JAPAN 日本の近代建築100選 | 野依記念学術交流館 設計:飯田善彦 2003 |
歩き回って早々に疲れ気味ながら、さあ、南山大学へ。
神言神学院、おおっ!確かに工事中、すっぽり覆われている。けれどまさしくあの形、改修工事後に訪れるのが楽しみ。本音を言えば年月の染み付いた姿もまたよかったのではありますけれど・・・。
その点南山大学はしっかりと年月が染み付いていました。いいなぁ・・・。
こちらはたまたま昨日4/01が入学式、学生と父兄で満ち満ちていました。わたしも父兄と見られて入学式に丁重に案内頂き、その会場がレーモンド設計の体育館でしたので、それならばせっかくの機会ですので、新入生を心より祝福、の気持ちでありがたく参列。キリスト教の大学の入学式、荘厳な歌と音楽が流れていてとてもいいものでした。
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| 構造をストレートに表現した個性的な体育館ファサード | |
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| 側面の連続するバットレスが小気味よく感じます | |
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| 正面ステージ周りも簡素実直なもの | |
起伏のある地形を活かしたキャンパスですが、建築自体はいずれの建物にも共通して設けられていますブリーズソレイユ (なんという薄さ!5cm位のコンクリート!) が特徴的ですけれども、特に空間的に (建築の内部、あるいはキャンパスとしての外部空間) 惹きつけられる、というわけではありませんでした、私には・・・。今レーモンドの自伝を読みつつあるのですけれど、その中でレーモンドはヴォーリズのことをあまり良くは言っていません。プロとしてのレーモンドの自負がそうさせるのか、素人建築家を見下している様がありあり・・・、でもキャンパスとしては関学や神戸女学院の方が親密な美しさが内外随所にあると思うのですけれど・・・。南山はあまりに合理的で講義室群としての割り切りが明確、詩情に欠けるきらいがあるように感じます。
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| キャンパスの中心的な位置に存する、扇形にヴォールト屋根が載るG30棟 | |
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ブリーズソレイユと赤茶色の壁面がキャンパスの建物の共通コード 風化がかなり進行していて、コンクリートが剥落し、鉄筋がむき出しの箇所も随分と見受けられました | |
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| 内部扇状階段教室 天井にはヴォールトは表現されていませんでした | |
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| 校舎によっては、つたもからまりもはや自然の一部 | |
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| 本部棟エントランスに誇らしく取り付けられた日本建築学会賞のプレート | |
二つの大学キャンパスを歩き回ってホトホト疲れ果てたのではありますが、次の目的地、「旧川上貞奴邸」 へ。
あめりか屋の設計になる大正8年の建物を、数年前に名古屋市が復元し、辺り一帯の大正~昭和期の建物群と併せてを 「文化のみち」 として売り出して?いるものです。
地下鉄高岳駅からの道は桜並木で、なんと桜満開!うきうき花見気分で足取りも軽い。
それにしても今年は寒くて私の家の近所ではまだ蕾固し、の状態ですのに・・・、これは何という品種なのでしょう?
さて、旧川上貞奴邸、とても変化に富んで面白い外観です。軒先垂木の意匠などもいろいろと工夫が凝らしてあります。和館と洋館の接続部分などは素材を合わせて巧みな処理。内部もちょっとマッキントッシュを彷彿させるようなデザインがあって面白い。洋館部分は復元なのでオリジナルではなく、素材の質感はなんともしらじらしくて不満が残りますが・・・。
この建物のことを母に話したら、「鵜沼にも貞奴の家があって、昔よく前を通った」 とのこと。調べてみますとなるほど、この名古屋の俗称二葉御殿を売却して移り住んだ屋敷があり、別名「萬松園」と呼ばれる川上貞奴の別荘として、昭和8年に完成したものだそうです。この和風の建築も残されていて現在は結婚式場として活用されているようですが、一般の見学にも開いているとのこと、今度また訪れてみたいと思います。
旧川上貞奴邸を後にして次は 「旧春田鉄次郎邸」 へ。ウエブサイトでの紹介によりますと武田五一設計による大正14年の建築とのこと、「アールヌーヴォーの余韻漂う洋風数寄屋普請」 との解説にわくわくして出向きますと、あらら・・・なんとまあ!公開は15:30まで、私が到着したその時の時刻は15:25!こちらこそメインでしたのに、貞奴邸が手前にあったものだからついそちらに先に行ってしまったのが誤りでした・・・。受付が隣の 「旧豊田佐助邸」 とのことで、ともかくそちらへ急ぎますと、佐助邸もまた15:30までとのことで、係の方は戸締りの準備・・・、とりあえず佐助邸だけでもほんの数分見せて頂きました。
この二邸はまた次回のお楽しみ・・・。ちなみに 「旧春田鉄次郎邸」 は見学公開部分とフレンチレストランとして営業している部分とに分けられているそうで、次回にはフレンチもセットで、かな?
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| 「旧春田鉄次郎邸」 | |
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| 旧豊田佐助邸 | |
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| 旧豊田佐助邸2階の廊下の照明器具 | 玄関脇の応接室の天井 換気口 |
ああ、迂闊であった・・・と 「旧春田鉄次郎邸」 を後にしますと、おや?その西側にもなにやらぷんぷん匂う建物が・・・。レトロな趣のあるビルとその隣には2棟の住宅、いずれも現在は使用されておらず、荒れるに任せた様子。ビルには 「建築計画のお知らせ」 の掲示が掲げられているところを見ますと間もなく建て替えられるのでしょうか?そう思って他の2棟の住宅のほうへ足を向けますと・・・おお!宝物の匂い!何これ?とびっくり。通りから少し奥まったところに広場を取り囲むようにレトロな住宅群が!しかしこちらもまたいずれも無人で、朽ち果てるに任せた雰囲気。かつて人が住んでいた頃には、大正時代のユートピアの夢がそのままの佇まいであったことが偲ばれます。その残骸ですら美しく香気漂います。いったい何なの?と 「文化のみち」 のパンフレットを見てみますと 「春田文化集合住宅」 というものらしい。解説文には 「コミュニティの核として共用の広場を持つ12戸の住宅が、新しい都市住宅のあり方を提示しました。設計は武田五一。敷地の一角には、明治末建造の旧太陽商工社屋も残されています。昭和3年、7年」 とあります。
としますと 「建築計画のお知らせ」 の掲示が掲げられている建物が旧太陽商工社屋でしょうか?
それにしても夢のような景観であったのでしょうね、現代の 「文化住宅」 の名は貧困の代名詞、ですけれどこの時代は住まいがまさしく文化を体現していたのでしょうね。現在のこの朽ち果て状態・・・この先どうなるのでしょう?
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| これが 「旧太陽商工社屋」 のようです | |
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| 写真左手に見える広場をぐるりと囲んでモダンな洋風住宅が建ち並び様は、本当にユートピアを思い起こさせました | |
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| グーグルの航空写真 屋根に建物名称が書かれています2つの建物が、右から 「旧豊田佐助邸」の和館部分 その左隣に 「旧春田鉄次郎邸」 さらにその左手にある広場を囲んでモダンな住宅が建ち並んでいます。広場の右下の大きな寄せ棟屋根が 「旧太陽商工社屋」 | |
周辺には木造の個性的な教会 (カトリック主税町教会 明治37年)、文化のみち撞木館 (旧井本為三郎邸 大正15年) など見学させて頂ける建物だけでなく、現役の趣きある素晴らしい洋風住宅・和風住宅も随所に建ち並び、見どころ満載、こんなところがあるなんてまったく知りませんでした。と言っても昔学生の頃に旧名古屋控訴院の廃墟をこっそり(!)見学し (現在は市政資料館として公開中)、徳川園にも訪れましたので、もっとこのあたりに興味を持っていれば知り得ていたのでしょうけれど、まあこのようなレトロな建築が脚光を浴びてPRされるようになったのも、比較的最近ですものね。
それにしても白壁・主税町というこのあたり、名古屋の中心 栄にほど近いのですけれど、大変なお屋敷街ですこと!
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| テラコッタで縁取られたエントランス | 玄関ポーチの天井には青いガラスの星形の照明器具が何とも小粋 | タイル張りの2階サンルーム この住宅はいたるところステンドグラスで彩られています |
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| 現役の住まい 桜井邸 | | |
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文化のみち二葉館 名古屋市旧川上貞奴邸
http://www.futabakan.jp/文化のみち 各建物の紹介もこちらから
http://www.futabakan.jp/bunkanomichi.htmlhttp://www.futabakan.jp/root_0.html旧川上貞奴別荘 「萬松園」
http://www.sakura-hills.jp/sakurahills_kawakami.htmlhttp://www.sakura-hills.jp/concept2.html#sada
- 2012/04/02(月) 23:32:03
「復興未来キップ」 が手元に届き政いた。
先日webで知って数枚を申し込んでおいたものです。
釜石 から 復興未来 ゆき
諦めない限り有効
切符の日付は '24.3.11
三陸鉄道釜石駅の改札の鋏入り硬券切符です。
通常切符よりも大判なのは気持ちの大きさ?
地の模様には「かまいし ふっこう」の文字・・・
かつて旅した三陸の風景を想い、三陸鉄道での再びの旅を願います。
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 | 2007年3月25日釜石駅での三陸鉄道 |
復興未来キップはこちらで
http://mirai-ticket.jimdo.com/
- 2012/03/25(日) 08:49:59
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