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木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢 が  見たこと 聴いたこと 感じたこと

- なにがどうなろうと、たいしたことはありゃせん - 宮本輝 「野の春」 流転の海 第九部

静かに そして 深く 読み終わりました

全九部 37年間にわたる執筆
あとがきにあります
「ひとりひとりの無名の人間のなかの壮大な生老病死の劇」
物語が結末へと進む中、かつての登場人物がさまざまに現れてあたかも精算するかのようです
赤の他人の沼津のお婆さんを献身的に介護した博美も 大会社の社長となって身を成した辻堂も それぞれにやはり情けない姿で物語から退場し その辻堂に相対した熊吾自身の態度も褒められたものではなく 本当に人間は様々であり 同じ人物でもまた時と場合によりふるまいにおいても感情でも様々であるなあ と感じさせられます

熊吾の最期 倒れた後の病院でひどい扱いをされ厄介払いされた先の 松坂一家にとっては見知らぬ遠方の土地である大阪狭山の精神病院
けれどもそこでの院長と4人の患者のこころとふるまいに救われた想いがします
そして桜の花びらが散り続ける雨の合間の春の野道を葬儀の参列に歩み進んでくる14人の隊列
熊吾と深く繋がったそれらの14人にわたし自身が熊吾にのり移つられたかのように過去の作中での一人一人に想いを馳せて別れを告げます
作者曰く
「新たな旅へと向かう人々がどこかの原野を楽しげに出発する光景」
人の死であり別れでありながら晴れやかに 物語の幕開けであるかのように閉じてゆきました

主に大阪が舞台の物語とあって作中の地名や店名にイメージを湧き起こしながら読み進めるのですが 大阪在住とはいえ愛知出身の私には残念ながら戦前戦後の大阪の街が描けません 現役の大阪市電にも乗ったことがなく 阪神駅裏は再開発後の駅前ビル群の姿しか知らず 昭和の大阪の風景写真などをWEB上で見ながら今の現実と重ね合わせ そのような日本の都市の移り変わりと併せて 松坂熊吾という人物を通して昭和という時代の流れ 日本の世相や風物や人間の機微などの変遷を感慨深く読みました

物語を紡ぐというたった一人だけの作業を
ひとつの物語に注ぐこと37年
その歳月に圧倒されます
壮大 の名に相応しい大作でありますけれど
決してヒーローが華々しく登場し ファンファーレが鳴り響くような 大上段に構えた劇的な壮大さ
ではなく
無名の市井の人々の 具体的で生身の日常から連綿と紡ぎあげられた壮大さ
とでもいうのでしょうか・・・

nonoharu.jpg
  1. 2018/12/08(土) 14:57:23

キャットウォーク

昨今の猫ブーム、建築界にも押し寄せて猫のための家づくり指南本が大人気。
もちろん私も早々に買い求め、建築の工夫を学ぶよりもそこに写ったネコさんの写真をでれーと眺めてにやける始末・・・
そんな折に願い?が通じましたのか、猫のいる住まいのお話しが!

そのお住まいが今夏完成しました。
2階リビングとして、屋根の勾配を室内天井に表した住まいです。その屋根を支える木材も現しとしていますが、水平に架け渡された構造木材(梁)、強度上は一本で足りるのですがそこをわざわざ二本抱き合わせにしています。
なぜだかお分かりになりますか?

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屋根の棟木を支える束(短い柱のような木材)が中央に立っています。
高いところが好きなネコさんには梁の上を歩いてほしい!ですが折角歩いてくれても束で行き止まりとなってしまってはネコさんに申し訳ない・・・
ということで、ちゃんと歩けるように束を挟んで梁を二本とした次第、このお宅には二匹のネコさんがいますが、お互いに「道を譲れ!」との諍いもなく行き違いもできます。

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ネコさんのことを考えての設計ですが、ニンゲンさまにはそうは申さず、「梁を二本にしてその間に照明を仕込みます」ともっともらしい設計理由、二本の梁の隙間に間接照明のアッパーライトと直接光源のライティングダクトを仕込んでいます。
でもバレバレでしたかね?

catwalk003.jpg

他にもネコさんのことを考えてあの手この手の工夫を散りばめたこの住まい、その成果を想像しながらの設計とはこんなにも楽しいものでしたか!建築主さんのお宅に打合せに伺うのも、足元にすり寄ってきてくれたり図面の上を歩いてくれたり・・・が楽しみで、毎日でも打合せに伺いたい気分でした。

さて
果たしてネコさん達は私の仕掛けにちゃんと気付いて悦んでくれているでしょうか?(ねこだからなぁ・・・ いや所詮はニンゲンの浅知恵だからなぁ・・・)
  1. 2018/11/14(水) 09:55:25

the passing of the great Roy Anthony Hargrove

帰宅して夕刊を読んでいて唖然・・・

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訃報
ロイ・ハーグローブ氏(米ジャズミュージシャン)
2日夜、心不全のため米ニューヨークの病院で死去、49歳。
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もうこのところはすっかりご無沙汰でしたが、ほんと 大好きだった・・・
訃報を目にして棚からCDを漁り、先ほどからずっと聴いています

マウントフジ・ジャズフェスティバルでしたか、若干19かで日本で鮮烈な印象を残し、私はそれはテレビ・ラジオで接したのみでしたけれど、もうすっかり虜になってしまいましたっけ
ファーストアルバムの Diamond in the Rough そして特に二作目の Public Eye はお気に入りでともかく聴き込みました
活きのいい若手を集めたセッションアルバム Jazz Futures: Live in Concert もほんと楽しみましたし 日米の若手混成の The Jazz Networks のアルバムはもう新録音が出るのが楽しみで楽しみで・・・
もう破竹の勢い あの頃 本当に輝いていましたよね
それが この若さで逝ってしまうなんて・・・
この数年ジャズよりもクラシックの方を聴くことが多くなりしばらくご無沙汰でしたが、ハーグローブも体調を崩していたのでしょう、この数年はアルバムもなくディスコグラフィーを見れば残念なことに私が買っていた頃のアルバムがほぼ全てのようでした


桜橋にブルーノート大阪があった頃 ロイ・ハーグローブのステージがあって もうワクワクして駆けつけました
その頃ブルーノート大阪は 一回分のミュージックチャージのみで入れ替えなしでファーストセットの後も席さえ後ろに退けばセカンドセットも続けて聴くことが出来 食事もとらず最低限ビール一杯程度の追加で引き続きたっぷりと楽しむことが出来ました
セット間の休憩中に客席の片隅でミュージシャンも食事をとっており ハーグローブの面々が食事しているのを見計らってCDジャケットにサインをおねだりしたのも もう四半世紀も前のことになってしまいました

先ほどからずっと聴き続けている はちきれんばかりの活きのいいトランペット 艶やかな伸びのある音色
眼の前によみがえってきます
今晩はもうしばらく浸っていたい

合掌・・・

記事タイトルは ハーグローブ自身のFacebookから取らせて頂きました

Roy Hargrove Live 001

Roy Hargrove Live 002

Roy Hargrove Live 003

Roy Hargrove Live 004

御大は表紙にサインせず というか ほとんど何も気にせずに適当な場所に書いてくれて・・・
えー・・・ なんでだよう と思いながら見ていたことを思い出します
多分 グレゴリー・ハッチンソンの所に一緒に書いてあるのがそうではなかったかしらん
もう今となっては記憶も定かではありませんが
  1. 2018/11/05(月) 23:13:29

ゴム紐 二題

先頃観に行きましたお芝居
NODA・MAP 『贋作 桜の森の満開の下』
そして
現代能楽集 『竹取』

いずれにも演出でゴム紐が用いられて まさに変幻自在!

『贋作 桜の森の満開の下』では、役者が持ち込むゴム紐が、立体的に庵になったり屋根の上になったり平面の領地領域になったり・・・と思えばインタヴューが映し出されるモニター画面?額縁???
さまざまな場面を巧みにつくりだす、まさに「見立て」の面白さを存分に味あわせてくれました。
紐だけではなく 舞台全面を覆い尽くすような紙や布も用いられ、透過したり画像を映したり あるいはゆったりと空気をはらんだり という布ならではの使われ方に対して、紙はしわが寄ったり破れ (て無数の鬼が湧き出たり) たり とこちらもまた紙ならでは。
精巧に造られた大道具よりも こうした舞台効果がまさにお芝居の醍醐味。
もちろん桜の老木のセットも素晴らしかったですよ。180度回転したら 首のない黄金の大仏だなんて!
満開の桜 そして舞台に降り積もる桜の花びらもとても美しかった!

nisesaku sakura 2018

そして圧巻でありましたのが 『竹取』
最初 舞台には天井と舞台床とに鉛直に渡された 3本一組の紐が5組、竹林のイメージかな?と思って見始めたのですが、このゴム紐、天井側は固定で床側は錘で自在に動かせます。役者がそれらの錘を滑らかな動きとともに瞬時に動かし、ゴム紐は複雑に絡み合い ねじれ 膨れ もう一体何がどうなっているのやら!しかも次の瞬間にはまた全く姿を変え、こんがらがったような有り様が瞬時にすっきりしていたり・・・。
もうまったく目が離せず 役者の動きとゴム紐が織りなす形状を追っかけるのに 息つく間もありません。
ゴム紐と併せ用いられたのが 二枚の畳。この畳 裏面が紙障子となっていて 2帖の畳の間が次の瞬間引違の障子戸になっていたり、一帖の畳に一枚の障子戸となっていたり、しかもその畳/障子を立てて回転させるかのように動かす時にはその陰に隠れて役者さんも動いて一体どこから何が飛び出してくるやら!
もう驚きの連続、すっかり見とれてしまいました。
台詞で紡ぎだすお芝居でも 舞台装置でうならせるお芝居でもなく ともかく役者の動きとゴムが織りなす自在な空間のみの圧倒的な75分!
終演後には 演出の小野寺修二さんと 主演の小林聡美さん・貫地谷しほりさんによるアフタートークもあって、ともかく タイミング勝負のお芝居でした と・・・。一瞬でも狂うとゴム紐の状態がとんでもないことになりますものね。じっとしている瞬間がほとんどない進行の中で 何百通り?ものゴム紐の動かし方のパターンを順序も位置もタイミングも間違えず他の役者さんとのコンビネーションの中で瞬時に動かす・・・
ああ、考えただけでもこんがらがりそう!
いやはや もういちどスローモーションで一つ一つ追っかけて確認してみたい心持ちです。

taketori 2018
  1. 2018/11/01(木) 14:19:23

2018年度上方文化講座 『妹背山婦女庭訓』

先の建築日記に続いてようやくの夏の宿題第二弾、夏の終わりの上方文化講座受講録です。
色々なものがたて続けに壊れてしまったこの夏の終わりに、ノートパソコンの液晶画面までもが壊れて映らなくなってしまい、その修理が9月の下旬までかかってかように遅くなってしまいました。(とは単なる言い訳・・・?)

その前に
この夏、歌舞伎では高麗屋襲名披露の華やかな公演で 「女殺油地獄」 を観劇、文楽の派手に滑りまくる与兵衛を生身の人間がどのように滑るのか興味津々でしたが、さすがに生身とあってかなりリアルに油にまみれて滑って滑って!楽しめました。(が、勘十郎さんも観劇されたそうで、上方文化講座で一言コメント 「滑り足りない」 と物足りなそう、派手に滑るさまを人形で遣う師ならではの感想?でした。)
文楽では第2部名作劇場の 「卅三間堂棟由来」「大塔宮曦鎧」 を観劇しましたが、加えて文楽素浄瑠璃の会 「和田合戦女舞鶴 市若初陣の段」「曲輪文章 吉田屋の段」 を楽しみました。
上方文化講座で素浄瑠璃にも目を開かせていただき、一度文楽劇場の公演に と思いつつもなかなか日が合わずで延び延びになっておりましたのが、今年はやっとかないました。初めてのことゆえ事前にそれぞれの演目の床本を読んで劇場に出掛けたのですが、ちゃんと劇場の方でも解説を用意してくださっているのですね。語りの前に上方文化講座ご担当の久堀先生が舞台で芝居の成り立ちから背景あらすじ、そして聴きどころなどを丁寧に解説くださり、床本を読んだだけではチンプンカンプンでした和田合戦なども 「ああ、そういうことだったのか・・・」 とようやくわかった上で語りに接することができ、素浄瑠璃の魅力に触れることが出来ました。
この公演では素浄瑠璃の後、歌舞伎の仁左衛門さんと語り終えたばかりの咲太夫さんのお二人による、吉田屋についてのトークがあり、これがざっくばらんなお話しで楽しいものでした。

さて
今年の上方文化講座の演目は平成28年4月の国立文楽劇場でも通しで上演されました 「妹背山女庭訓」、その際には一日がかり10時間ほどで第一部第二部を通して観ました。第二部途中では意識が途切れながらも・・・

今回の講座で取り上げられましたのは、妹山背山の段ではなく 杉酒屋の段から金殿の段に至る四段目でした。
平成28年の公演の際には通しと言いながらも初段から忠実に順を追って ではなく、二段目が二つに割られて第一部が 〈初段+二段目のごく一部+三段目〉、第二部が 〈二段目+四段目〉 という分け方で上演され、別段気にもしていませんでした。公演パンフレットには、作品の中の二つの大きな流れを分けてそれぞれ楽しめるように、と書かれていましたが、今回の講座では種明かし、なるほど・・・興行上の理由であったのね!
そのままの流れで行くと、第一部が初段と二段目となって地味で見せ場に乏しく、吉野川を挟むあの妹山背山の段と道行恋苧環や金殿の段などが第二部に集まってしまって、そうなれば当然お客は第二部に集中してしまう というのがどうやら真相のようでした。もちろん観る側としても見せ場があちこちに散らばってくれた方が意識が継続して観ることができるとは思いますけれど・・・
そして、妹山背山の段についても、舞台の造りから左右二つの床での語りの変遷が丁寧に解説されました。
先行作の 「役行者大峯桜」 では男女をそれぞれ別の太夫さんが語るというつくりであり、対峙する双方の家には男女それぞれが含まれ従って語りの床は家別とはならず同じ一つの床であったようです。それが妹背山では、それぞれの家の登場人物を男のみと女のみに分ける工夫により、太夫の語りを男女で分ければすなわちそれぞれの家毎になり、吉野川をはさんで上手下手に分かれる妹山背山そのままに、大夫の床もそれぞれに側に分けることが可能となって効果的な演出となったとのことです。当初太夫三味線は舞台のうちに隠れて語っていたものが時代の流れの中でやがて御簾内の語りとなり、そして出語りとなって床の位置も現在のような舞台側方上手側となりました。妹背山も語りの床が妹山背山と別れていたとしても、当初恐らくは客席からは見えない位置であったものが出語りとなり、吉野川を挟んで上手下手に妹山背山の屋敷が対峙する形とともに床もまた双方の位置に設けられた現在の姿となって、視覚的にも非常に演出効果大となったようです。初めて妹山背山の段を見た時は、左右に広がる舞台の迫力に圧倒されたものでした。
その上なんとまあ、江戸時代の道頓堀での芝居小屋は通りの南側に建っていたため、舞台の上手は現実の方位では西、下手は東となって、
上手の背山=父と息子=西風(竹本座の芸風 男性的)の語り口=地理上の西
下手の妹山=母と娘=東風(豊竹座の芸風 女性的)の語り口=地理上の東
と見事に一致、現在の国立文楽劇場では舞台は客席から見て北側ですので残念ながら上手は東、逆転しています。
もっとも江戸時代の芝居小屋のような半屋外の造りではなくコンクリートのビルの内部の劇場ですので方位を意識することはありませんけれど・・・。
それでもそんなこんなの事を知れば、一層演目が親しく感じられます。

そして今回の講座の四段目
なんとまあお三輪が一途で可愛らしくあわれを誘い、求馬は ‘いい男’ を武器に二人の女性を手玉に取る、なんといかすけない奴なのでしょう!
「疑着の相」 ある女の血を得んがためにお三輪に恋をさせた上で嫉妬に狂わせて殺して生き血を得る・・・
現代の感覚で物語りの善悪や展開を裁いてはダメを承知で、でもやはり なんとまあ! と思ってしまいます。
しかも
お三輪が怒り狂っていたのは嫉妬もさることながら官女からの辱めの部分も大ではないの?
とか
刺した鱶七から真相を明かされて 「嬉しい」 と言って息絶えればもう 「疑着の相ある女の血」 ではなくなってしまわないの?
などと突っ込みを入れてしまいたくなります。
現代の尺度を持ち込めば、演目の 「女庭訓」 自体がもうセクハラだらけで話が成り立っていきませんけれどね。

さて、今年も技芸員の皆様は含蓄あるお話しをたくさん披露してくださいました。
町娘 (お三輪) とお姫様 (橘姫) の演じ分けについて
津駒太夫さんは、語りのスピード・テンポ、語尾のちょっとした上げ気味加減で語り分けられ、
清介さんは、音は変えず間を変える、と仰っていました。
人形遣いの勘十郎さんは、お姫様は型があって演じやすくお姫様らしく見せやすいのに対して、十五・六の町娘というのがとても難しい、と仰っていたのが印象的、ほんの何気ない仕草によってこの年齢の娘らしい可愛らしさが醸し出せるのだそうです。杉酒屋の段の冒頭、お三輪がほうずきを揉みながら帰ってくるシーンのちょっとした仕草のむつかしさを、そしてその場面を遣う蓑助師匠のお三輪の可愛らしさを語ってくださいました。

お三輪をいじりまくる官女の場面では
津駒太夫さんは、下品ではあっても官女として下世話になりすぎないようテクニックが必要と話され、なるほどなるほど・・・
勘十郎さんは、この場面三人遣いの官女で演ずることもあるけれど、ツメ人形の官女の方がお三輪も引き立ち面白いと仰っていました。そのツメ人形の数もわずかな人数でさも大勢でいじめ回しているように見せると・・・。
講座のおしまいの質疑応答の際に文楽の魅力を問われての回答に今年もまた清介節が絶好調なのでしたが、清介さん曰く、文楽はスピーディで面白い、それに引きかえ歌舞伎のなんと冗長なこと!と仰っていましたが、今回の講座の後で私は歌舞伎の金殿の段をYouTubeで見て文楽の同場面と見比べました。本当に歌舞伎は長い!延々続く。そしてまあなんと大勢の官女がお三輪を執拗に執拗にイビルことイビルこと!
清介さんの言うスピーディ とか、勘十郎さんの言う数体のツメ人形で というのが実に良く実感できました。

今回の講座の最終日にはその金殿の段を実演いただいたのですが、なんだかいよいよこの講座の実演も本格的になってきました。
二双の金屏風の背景、手前の手すりもちゃんと二重、下手には人形出入りの衝立も設けられ、舞台の設営も本格的。
演ずる人形遣いさんも数人の官女のツメ人形に加えて、鱶七には先頃襲名されたばかりの吉田玉助さんも今年も加わってくださって、ほぼ金殿の段をすべて上演。やはり人形一体のみでは実演はあくまで実演、物語りにはなりづらいですものね。
狭い舞台をものともせず、熱の入った実に見ごたえのある舞台でした。

その後の質疑応答で、復曲についての質疑に答えての清介さんのお話しですが、
歴史の中で途絶えてしまった作品というのは、面白くなかったから廃れた、従って歴史的に正しく復曲しても面白くない作品が再現されるだけであり、「正しく」 よりも 「面白く」 を意識して復曲する という旨のお話しをされましたのが印象に残ります。
折角復曲してもまた廃れてはその演目は受け継がれてはいきませんものね。
過去の講座でも、技芸員の皆さまは常々古典作品には敬意を払い、改変を加えずそのままに丁寧に次代へ継承していくことの大切さを話されていましたが、古典の骨格を維持しつつも演出のちょっとした工夫や復曲の気配りなどで新たな魅力を加えながら次の時代へ作品を繋げていかれるのだな、と感じました。

ところでいろいろと天候に悩まされましたこの夏、講座にも天気の意地悪がございました。
近づく台風に警報の発令が予想され、そうなれば大学としてはおのずと休講になります。
大学の方々は台風予想の情報収集と対応に尽くされ、最終日8月23日の講座予定を前日に急遽変更して、午後であった舞台実演を午前に、午前の講義を午後に差し替えられました。
そして23日当日、午後3限目中にはとうとう暴風警報が発令されて4限目の講義が中止となってそのまま今年度の上方文化講座は終講となりましたが、素晴らしい舞台の実演はちゃんと午前中に堪能できたのです。
大学側の対応ももちろんですが、技芸員の方々や舞台の設営などスタッフの皆さまの柔軟で臨機応変の対応があったからこそです。午前中の実演のためには設営準備など朝早くからのご苦労もあったことと思います。
数年前でしたが国立文楽劇場で本公演上演中に停電があった際に、太夫三味線人形遣い皆さま一向に動ぜず、懐中電灯で人形に光を当てながら何事もなかったように上演を続けられたということがあり、お客さんの中には演出かと思った方もいらっしゃったそうです。さすが伝統のチカラ!本物のプロフェッショナル!と報じられて、そのニュースを感心して読みました。それに比すればどうということもないことでしょうけれど、突発的な事項にもさらりと柔軟に対応するというのはなかなか出来ないものだと思います。
皆さまには心より感謝申し上げます。
残念ながら中止となってしまいました4限目の
人形浄瑠璃の「現代」が始まったころ─「無知な観客」の歴史にむけて─
という講座は配布されたレジメを持ち帰った自宅で読みました。
大大阪の時代を背景に、劇場の構造の変化と観劇の作法などの変化を取り上げられたのであろう資料を読んで、この講義は是非ともまた来年以降に!と期待を持ち越します。

来年の講座も楽しみです。

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  1. 2018/09/24(月) 16:40:24
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