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木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢 が  見たこと 聴いたこと 感じたこと

箕面山瀧安寺鳳凰閣と滝道の紅葉

今日11月20日は紅葉も見頃となり好天にも恵まれ、コロナ禍も落ち着きを見せて絶好の行楽日和となりました。
事務所の窓から眺める北摂の色づいた山並みもこの記事を書いている今まさに夕日を浴びて美しく赤く染まっています。

箕面の滝道にも多くの人出が予想される前の今朝早朝に出掛けてまいりました。色づいた樹々が美しく、あちこちで足をとめて見入るものですから滝までの往復にはいつもよりも随分と時間が掛かってしまいました。
途中の瀧安寺鳳凰閣がこの秋特別公開されており、拝観時間の都合もあってこちらにはあらかじめ数日前に出掛けておきました。

瀧安寺鳳凰閣は1917年に武田五一設計によって建てられたもので、ずっと非公開でした。平成30年9月に襲った台風21号で甚大な被害を受け、あわや箕面川に転落か?という状況にまでなりましたものが先頃無事に復旧工事も終わり、安全性が担保されたことを機にこの度の公開となったものです。
いつも滝道を通りながら横目に見て、中はどうなっているのだろう?と気になっておりましたので、この機を逃さず出掛けたわけです。
とはいえ平家建の小さな建物、上部に楼閣が載っていることが特徴的ではありますが、内部は八畳の和室が一列に三つ並ぶのみの何という事もない造りです。用途もよくわかりませんが、お寺の方に伺ったところではこれまではお寺に訪れた関係者の方々の食事など休憩に使っていたとか。
見学も何も一瞥して終了・・・案の定一番関心のある楼閣には上がれません、残念!
一体どこが武田五一なのだろう?と思って見てみますが、どこにでもありそうな簡素な寺院建築の上に宝形造りの楼閣を載せた、ということこそが武田五一なのでしょう。それにしても様式建築から和風住宅、橋や街灯のデザインに地下鉄のロゴマークなどなど、なんでもござれの人ですね。

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今朝の鳳凰閣 真新しい朱塗りの楼閣が目にも鮮やか

ところで・・・
台風前に撮った写真と台風直後の写真も以下に掲載してみますが、今日撮った写真との違いが分かりますか?

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2017年11月24日撮影

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2018年10月22日撮影

楼閣の頂部に以前は擬宝珠が載っていましたが、今回の修復ではその名の通り鳳凰が復元されました。宇治平等院鳳凰堂に倣ったとはいえこれまでは 「どうして鳳凰閣?」 という感じでしたものね。
そしてもちろん今回の復旧に際しては構造補強がなされています。従前は手前側の三の間がぐるりと紙障子で囲われて開放的な造りでしたのが、今回新たに耐力壁が設けられています。それに伴い束の位置も更新され釘隠しの金物も位置が替えられた跡が近くで見ればはっきりと分かります。
基礎も鉄筋コンクリートで造られ、上部軸組はしっかりと緊結されています。
客殿には台風後の被災状況ならびに復旧工事状況を写した写真パネルが展示してありましたので、参考までに転載します。大変な状況であったことがよくわかります。
太鼓橋を渡ってからの参道も石段であったのが、工事車両の進入のために斜路に付け替えられています。

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箕面川とは反対側の外観

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内部の様子

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内部三の間を振り返った様子
正面右側矩手と左側手前に新たに耐力壁が設けられています
柱など木材の色を変えて当初のものではないことを示しています

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建物は鉄筋コンクリート造の基礎に緊結され 独立柱は金輪継で根継ぎされています

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堂内に展示してありました紹介パネル
楼閣の様子が分かります これが見たい!

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客殿に掲示してありました台風直後の被災状況の写真
右手川側にかなり変形しています
左手山側の柱はすべて浮き上がっていた模様です

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鳳凰閣から見た境内の紅葉

大本山 箕面山 瀧安寺 の公式サイト内「客殿・鳳凰閣 拝観について​〜台風災害を経て〜」
https://www.ryuanji.org/%E8%A4%87%E8%A3%BD-%E5%AE%A2%E6%AE%BF-%E9%B3%B3%E5%87%B0%E9%96%A3-%E6%8B%9D%E8%A6%B3%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6

文化遺産オンライン 瀧安寺鳳凰閣
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/114714/1

 * * *

今日の滝道は紅葉がとても美しく見とれましたが、滝のもみじはまだまだでした。

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滝道の紅葉

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朝日を浴びて山が美しい

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今朝の箕面滝
  1. 2021/11/20(土) 17:31:15

2021秋の展覧会巡り(3) 「TENDO JAPANESE MODERN / 80 PROJECT EXHIBITION」

「TENDO JAPANESE MODERN / 80 PROJECT EXHIBITION」 という展示会が開かれているという事で、天童木工大阪ショールームに出掛けてきました。
先頃出掛けた喜多俊之展でも喜多氏デザインの天童木工の椅子 (T-5395) を見てきたところです。

会場に展示された天童木工の過去の名作・今回の企画新作を見ていきますとその中に何と!
「墨会館の椅子 Design by 丹下健三」 とカードに記された椅子がありました。
数年前に墨会館を見学に訪れ、置き家具はすべて撤去売却と知らされて嘆いたものですが、ここでお目にかかれるとは!

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どうやら天童木工もこの椅子を入手して修復したそうなのです。
展示会の片隅には古い写真アルバムも置かれてあり、その中には現役時の墨会館に置かれた家具の様子を写した写真もあり、独特の抱きかかえるようなアームの椅子のセットが写っていました。

モダンで幾何学的なデザインのウォールキャビネットに対して、この有機的で大ぶりなアームといい幅も成も目立つ成形合板の脚といい、私が丹下氏に対して持っていたイメージとは少々異なりましたが、ショールームに展示されたいたアーム付きのイージーチェア(T-7304)に腰掛けてみますと、背もたれとアームにすっぽりとくるまれるようで、しかもキャンティレバーのアームが程よくバネが利くように柔らかく、とても坐り心地の良いもので流石タンゲ。「美しきもののみ機能的である」 という有名な丹下氏のテーゼがありますが、その結果として優しく心地よいものが生まれ、時代を超えてスタンダードとなっていくという事でしょうか。

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展示会場の様子

丹下氏デザインのイージーチェア [T-7304] はこちら
https://www.tendo-mokko.co.jp/products/t-7304ky-nt
  1. 2021/11/18(木) 18:42:12

安部公房の舞台2作

安部公房原作のお芝居がこの秋続けて2本上演されました。

9月のケムリ研究室no.2 「砂の女」 (上演台本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ)
そして
10月のシス・カンパニー 「友達 」 (上演台本・演出:加藤拓也)です。

大学に入った頃どうした訳か、安部公房を読まねば大学生にあらず (?) みたいに感じて、京都百万遍に何件もあった古書店を巡れば新潮社から出ていた 「安部公房全作品」 が何冊も置いてあり、一冊また一冊と買い求めては読んだものでした。もちろんその当時は氏もまだご存命で 「方舟さくら丸」 などは卒業後でしたが書き下ろしの新刊本を早々に買い求めたものです。
いつでしたか下宿近くの民家の黒ずんだ板壁に、西武大津百貨店での安部公房スタジオのお芝居の大判のポスターが貼られてあり、毎日毎日物欲しげな眼つきで眺めたものでした。貧乏学生の身としては大津まで電車に乗ってお芝居を見に行くのは気持ちの上では贅沢なことであり (ホンのすぐ近くですのに・・・)、「また次の機会に・・・」 と見送ってしまったのが運の尽き。スタジオの活動はその後休止され、氏もまた若くして亡くなってしまいました。
というわけで、戯曲も数多く書き自らも演劇活動を行った安部公房の作品を、残念ながらこれまで一度も舞台では見たことがありません。それがどうしたことか立て続けに観ることができるなんて!
映像では一体いつのことであったのか、おそらくは大学時代に名画館で見たのであろうとおもいますが、岸田今日子の印象が強く残る映画 「砂の女」 を見た記憶があります。

今回の舞台に先立ち、書架奥深くに埋もれた 「安部公房全作品」 第6巻所収 「砂の女」 第11巻所収 「友達」 を、実に学生時代以来約40年ぶりに取り出して再読、「あぁ、こんなお話しであったなぁ」 と思い返して観劇に臨みました。

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学生時代に古書店で買った本です

 * * *

「砂の女」
舞台化するに際して演出家・役者の皆さんもやはり勅使河原宏監督作品の映画 「砂の女」 をとても意識されたそうで、岸田今日子さんの印象を乗り越えること、何よりも現実の砂の圧倒的な存在感・粒子感を劇場の舞台の上でどう表現するかがとても大きなテーマであったそうですが、なんのなんの素晴らしく見事な演出でした。ごく一部のシーンを除いては現実の砂を使わず、舞台を覆う布とそれへのマッピングの映像、布が揺れ動けばすなわち砂も流れます。よじ登ろうにも布が崩れ砂も崩れて登れません。そして何よりも音!音!砂の音によって舞台の上がまさしく砂まみれ、砂の地獄と化してしまいました。演ずる緒川たまきさんの砂の前での無力感も仲村トオルさんの砂へのあがきも素晴らしい。
とてもとても原作に忠実な舞台でしたのが意外でしたが (舞台化に際しての許諾などの都合で改変などは困難であったそうです)、一部にはケラさんらしいナンセンスも組み込まれ、あるいは舞台らしい時空の飛び越えも挿入され、それらの可笑しみがまた作品の不条理感ともとてもマッチしており、安部公房の世界が何の違和感もなくすっかりとKERAワールドとされていることに驚きました。
原作に忠実となりますと顔だけ覆って全裸で眠る女を舞台ではどうするの?とヘンな興味も持ってしまいましたが、端折ったりごまかしたりもせず、舞台ならではの術でお見事!

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舞台の後改めて映画も見たくなりAmazonでブルーレイを購入、デジタルリマスターの高精細な画面、凄い!本物の砂のざらざらとした粒子感!そして人間の身体の汗の一滴一滴や皮膚にこべりつく砂、加えて砂に潜り込む虫やら採集瓶に閉じ込められた虫など、本物を接写してリアルにまざまざと映し出す映像ならではの力!そして圧倒的な岸田今日子さんの人物像・・・。
ただ岸田今日子さんが強烈なだけに、集落の掟の理不尽さや果てしの無い砂の脅威以上に岸田さんの得体の知れなさといいますか魔性のようなものに男が捕らわれていくようにも感じてしまいます。男の情けなさも際立って・・・。
これを見ることで映画と舞台それぞれの作り方の違いもよく分かり、改めて観客の想像力に訴える舞台の魅力を感じましたが、今度は映画の後にもう一度舞台を観たい、比べたい。砂 (の女) のエンドレスの地獄に囚われます・・・。

Woman in the Dunes
日本映画ですが海外でのリマスターで輸入盤 (ガンバレ ニッポン!)

 * * *

「友達」
とても面白く観たことは確かなのですが・・・、なんでしょう?本を読んだ時の不条理な恐怖感、じわじわと搦めとられて行ってしまう感がどうにも薄かったような・・・。
あらかじめ本を読んで筋書きが分かってしまっている、という事はありますが、それは 「砂の女」 でもそうですし。
こちらの方が原作よりやや離れたつくりとなっていたようにも思いましたが、でもどうして 「檻」 が省かれたのでしょう?
現実の腕力暴力などが描かれたり、多数決で物事が運ばれたり、というのも言葉の意味のズレで搦めとられ抜け出せなくなっていくシュールさ理不尽さとはちょっと違うと感じてしまいますし、弁護士の家の状況の例えなども原作よりは誇張され異常性を普通性に置き換える意図なのかどうか・・・。
登場人物も多いのですが、折角のあの役者さんあまり活かされてなくて勿体ない、などと思う事も・・・。
アパートの玄関扉が舞台の床面に設けてあってハッチ状に開閉・出入りするのは新味があって面白かったと思います。

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  1. 2021/11/13(土) 12:44:33

2021秋の展覧会巡り(2) 「喜多俊之展 TIMELESS FUTURE」

大学を出て勤めました設計事務所で担当させて頂きました住宅は、山手の良好な住宅地、斜面地にありました。そしてなんとそのお隣が喜多俊之氏のお住まいでした。もう40年近く昔の記憶ですが、確かコンクリートのキューブ状のデザインであったと思います。
その後独立して事務所を今の箕面に移す前、大阪市内の北浜~肥後橋で20年近く営んでいましたが、すぐ近くには喜多氏のオフィス兼ショップがありました。和紙をもちいた行灯という非常に伝統的な和のあかりが、氏のシンプルなデザインによってとても現代性を帯びて魅力的なモダン照明となり、簡素と伝統とモダンとの融合はまさにうってつけ!とばかりに買い求め、手掛けた古民家のリフォームに使わせて頂いたこともありました。

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私の手掛けた 「小浜の民家再生」
手前左手に置いてあります和紙の行灯が喜多俊之氏デザインの 「PAO」 1994

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そんな気になる喜多俊之氏のまとまった展覧会があり、講演会とセットで出掛けてきました。

講演を伺って初めて知ったのですが、言葉も分からず飛び込んだイタリアミラノで人とのつながりを築き、腕を磨き、どんどんチャンスを掴んでいかれたのですね。いかにも大阪のお生まれらしい度胸と屈託のなさが、陽気なデザイン王国のイタリアと波長がぴったりでしたのでしょうか。第二次大戦後の復興の中で住宅供給が重要な施策として行われたイタリアにあって、人を自宅に招き食事を共にすることを大切にする日常では、おのずと住まいのインテリアとファッションが重視され、雑誌などで盛んに啓蒙されていたそうです。そのような環境の中で氏も当初から住まい=生活に関心が高く、地域性や伝統さらにはサスティナブルに対しても先取りされてデザインに取り組んでいらっしゃったことが改めてわかり、それらは本当に身の回りの現実の暮らしへの希求からによるものであることが伝わってきます。氏が今後に関心のあるものとして、都市設計や古民家再生などを挙げられましたが、その一端に属する身として改めて足元を見直す心地です。

それにしてもなんだか表情も雰囲気もとてもキラキラとした方で、お歳を知ってびっくり!


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展覧会場の様子

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二畳結界 1986 建築家・デザイナーが茶室を再解釈するはしりでしょうか

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ご一緒に撮って頂いて嬉しそうなワタクシです

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西宮市大谷記念美術館 「喜多俊之展 TIMELESS FUTURE」
公式サイト : http://otanimuseum.jp/exhibition_211009.html
  1. 2021/11/10(水) 09:47:49

2021秋の展覧会巡り(1) 「増田友也の建築世界」展

この秋京阪神では建築やデザイン関係の展覧会があちらこちらで催され、ついついと出歩いてきました。
出掛けた順とはかかわりなく、てんでバラバラながらその印象を書き連ねてみます。

 * * *

という訳で 直近から になってしまいますが 先週に伺いました
京都大学総合博物館 「増田友也の建築世界──アーカイブズにみる思索の軌跡」
から始めます。

数年前に 京都工芸繊維大学美術工芸資料館 で催された 「増田友也展」 は 建築作品 に眼を向けた展示であったように記憶しますが 現実 に建てられた 建築 の photograph や model などで構成された 充実した exhibition でした。それに対し 今回の展覧会 はやや 趣き が異なる印象です。
オンライン解説会 「増田友也──アーカイブズが開く建築世界」 が催された前日 に伺い時間をかけて display を見て その上で オンライン配信 の解説を 視聴しましたが 今回の企画展 は 増田先生の 設計 や 研究 に関する様々な資料が 京都大学研究資源アーカイブ に整理記録されること に伴う企画展 であるそうで 時系列 に沿って 研究 と 設計 とが 並置 されたものでした。
研究ノート や 手稿 なども多く 展示 されていたのですが 猛烈な書き込み・・・。原稿の 推敲 なども original の文章など ほとんど残らぬ 訂正 と 加筆 につぐ 加筆。サインペン で埋め尽くされた その膨大な 一文字一文字 の 丁寧に記された 文字 を見るだけで もう降参 学究 の世界の 奥深さ 厳しさ に恐れおののきます。
増田先生の 退官 とちょうど入れ替わるように 入学 しました 私 は 新入生歓迎 として催された 増田先生 の 記念講演会 を 拝聴 できた学年でしたが もちろん 内容 はチンプンカンプン。訳 も分からないまま 講義室に座る新入生 の背後や側面 でびっしりと取り囲むように立って 講演 を聴く 先生方 や 上回生 の多さに 自分たちだけ が坐って 申し訳ない ように感じていたことだけ を覚えています。後年 増田先生の 著作集 が刊行され その中 に この日の講義 も収録されていまして 読んでみました が やはり チンプンカンプン は変わりません。
先生の文章では 大学に入った当初に 経典 のごとく教えられた 「壁と私と空間と」 はまだ読みやすく 繰り返し読んではみました。卒業後随分してから読みました 単行本 の 「家と庭の風景」 は入りやすかった。しかし その他は手にはとってもすぐに 討ち死に・・・。全五巻の著作集 が 刊行 される折にも 「難しくてとても読めませんから・・・」 と申しましたら 恩師 の先生には 「飾っておきなさい」 と薦められ 今でも事務所の 書架高く に 鎮座 してございます。
そんなわけ ですのでもちろん 設計関係の展示 が私には興味深い のですが なかでもやはり (仮称)京大会館 は 見応え がありました。幾多の 変遷 の後 学園紛争 などの 影響 も経て最終的には 総合体育館 のみの建設に至った訳ですが 変遷 のどの案も興味深い。とりわけ catenary と arch とが 交互に連鎖 する特徴的な 屋根 を持つあの 壮大な phase  には圧倒されます。もしも あれ が出来ていて 学生時代 があの 建築空間 とともにあれば と 想像 します。
思いがけず早く に亡くなり 晩年 の代表作となってしまった 鳴門市文化会館 は残念ながら まだ 訪れたことがないのですが 学生の頃 建築学教室 の中庭に建つ 薄暗い atelier を覗くと この 模型 や 図面 が充満していたことも思い起こします。
exhibition を見た後 久しぶりに campus を少しだけ歩いてみましたが 随分と様変わり co-op の中央食堂がある 工学部8号館 にも行って見ましたが 食堂 も改修されてなんだか 無残 な姿 行かなきゃよかった・・・。

(失礼ながら 増田先生の スペース の多用 や 原語の挿入 などを形だけ真似てみました スミマセン 悪ふざけでもありません)

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京都大学総合体育館(1972)
ファサードそしてインテリアを形作る特徴的なあみだくじ状のルーバーですが、なんでも原設計ではPC製の縦ルーバーであったものが、減額変更で現場打でのこの形状のルーバーに変わったのだとか・・・???
まったくもって不可解です。
この複雑な型枠を組むのも、この形状にコンクリートを的確に流し込むのも施工的にはものすごく高いハードル!どう考えても工場で作るPCルーバーの方が安くて簡単 手っ取り早いでしょ?
職人の技術が高く、しかも人件費も型枠代も安くて、一方まだPCが特殊な技術であった時代 ということなのでしょうか・・・???
体育館にはよくお世話になったけど、すぐ裏手にあるプール、体育館と一体的に設計されたものですが学生時代には一度も行ったことがありませんでした、なんでだろ?
学生時代なんてそんなものですね、体育館の裏面も今回初めて見たような次第ですから・・・

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京都大学工学部8号館(1972)
増田先生設計の工学部の各学科棟が耐震補強などで見るも無残な姿に改変されている中、工学部本部のこの建物は外観こそは保たれて安堵します。

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総合体育館の向かいに建つ博物館
済みません、私はこの建物は嫌いです。
私の学生時代にはもちろんこの博物館はなく、東大路に沿っては石積みと生け垣が延々連なっていました。
そんな景観が好きでした。

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2021年度企画展 「増田友也の建築世界──アーカイブズにみる思索の軌跡」
http://www.museum.kyoto-u.ac.jp/special/20211027/
  1. 2021/11/03(水) 14:27:27
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