建築の眼 JAZZの耳 ; tetsuyakimura_weblog

木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢 が  見たこと 聴いたこと 感じたこと

アンダーコロナ/アフターコロナ時代 の住まい

先行きの見えなかったコロナ禍の生活も、多くの地域では非常事態宣言が解除され、ここ大阪でも独自の大阪モデルが達成されて営業自粛なども少しづつ解除の見通しとなってきました。
地震などの災害からの復旧とは異なり、感染症のリスクから日常を取り戻すというのはゴールが見えにくく、まだまだこの先に不安を覚えつつですが、一歩一歩平穏な生活を取り戻していければと願います。
それでも今回の新型コロナウイルスによって生活の環境・スタイルや意識は大きく変わり、住まいのあり方もコロナ禍の後ではいろいろと変わりそうに思います。

長期にわたる外出自粛と諸施設の閉鎖で、テレワーク・オンライン授業・オンラインショッピングが日常化しました。在宅時間が長くなり、運動不足など健康管理のトラブルや、精神的ストレスの増大による家族間のトラブル、そしてそれらが高じた場合のDVからも避難場所がないなどという悲劇も生みました。

個室化・孤立化の弊害から脱却を目指して、このところの住まいは家族間のつながりを意識し、気配を感じられる空間づくりを目指してきましたが、今回のコロナ禍では改めて個のスペースの確保が見直されたと思います。個人が視覚上隔てられるだけでなく、音の上でも空気の上でも個のスペースが確保される必要を多くの方が痛感したことと思います。実体はともかく名目上は保たれてきた夫婦寝室もこれからは夫婦別寝室が一般化するのではないでしょうか。個のスペースの確保が望まれる一方で、現実的には家の広さとのバランス、そしてこれまで望まれてきた気配のつながりと、設計上どのような折り合いを図っていくのかが求められます。

そして何よりも 「こもる生活」 においては、退屈ではない住まい・変化にとんだ発見のある住まいが望まれます。
シンプルな ミニマルな 住まい が 単調な 単一な 住まい にならないように心掛けなければなりません。
これは住まいが遊園地のようになるとかジャングルのようにするとかいうことでは決してなく、言い換えれば、物理的に変化に富んだり仕掛けに満ちたり という事ではなく、例えば壁や床に落ちる光と影の移ろいを飽きずに眺めていられる、などの環境の変化を感じられる住まい (もちろん住み手の態度も含めて) であり、あるいは住まいの中での過ごし方に融通性・許容力をもたらす住まいということではなかろうかと思います。

外出を控える暮らしからは、敷地面積に制約があって庭などの外部空間が不十分となる場合でも、半屋外的空間やいわゆる外室を設けるなど、住まいの中での内外の融合を図っていくことが望まれようかと思います。

その他、計画上・設備上の配慮では
・帰宅後の手洗い、うがいなどのために、玄関近くへの洗面所・シャワーの設置
・腕、肘などでも開閉可能なプッシュプルハンドルの開き扉や大型引手の引き戸 あるいは自閉装置など
・非接触型操作の住宅設備 (洗面の自動水栓・便器の蓋自動開閉と自動洗浄・照明のセンサースイッチやスマートスピーカーなどによる音声でのオンオフなど あるいはスマートフォン操作によりスイッチの非共有など)
・オンラインショッピングによる通販の拡大と非接触の受取に対応する宅配ボックスの設置/拡充
・換気ルートの見直し (これまではLDKや寝室個室が換気上の風上で洗面所などを風下の排気ルートとすることが割と一般的と思いますが、寝室は独立した換気としないと万一感染者が出た際の隔離に対応できません)
・部屋単位と共に住まい全体の防音化と床衝撃音対策
・言うまでもなく各室各所でのインターネット対応
・在宅活動の増加に伴うモノの増加に対応する収納スペースの確保
・在宅時間・人員の増加に伴う電力消費量増大に対応する省エネ/創エネ化
などなど・・・

もっとも
アフターコロナの時代に 「毎日毎日満員電車に揺られて職場に通う」 という生活自体が見直されれば、住まいが建つ立地そのものが見直され、これまでのような都市に通いやすい郊外住宅地というあり方自体が変わりそうです。
オフィスに通う頻度が下がって多少の不便が大きな不便でなくなれば、そしてネット環境と宅配事情が整えば、こまごまとした住宅地に集まることから逃れて住まいの立地の選択肢は広がり、それが住まいのあり方自体をも大きく変えそうです。

職住一体/近接の暮らしからいつしか変貌し、人によっては 「眠りに帰るためだけの場所」 にもなり下がりつつありました 住まい というものが、人間の生存の様々な行為の場としての本来の姿を取り戻す契機となるかもしれません。
「新しい生活様式」 ということが叫ばれ、コロナウイルスと共存を図っていかざるを得ないこれからの生活、そのために住まいの設計ができることを試行錯誤を重ねていくこれからであると思います。
  1. 2020/05/16(土) 11:51:04

旧琵琶湖ホテルに想う

昨土曜日、工事現場に出掛ける用事があり阪急梅田駅からJR大阪駅を歩いてびっくり。
非常事態宣言が出てから土日に外出するのは初めてで、報道では自粛率No.1の数字に 「大阪人もやる時はやるじゃない!」 と称賛していましたが、まさに目の当たりにしました。
土曜の真昼間なのに阪急梅田のビッグマン前なんて終電後かと思わされる様相、人影まばらなJR大阪駅までの連絡橋を進み、乗った京都方面への新快速電車の車両は空っぽで乗客は私一人だけ!なんと・・・
一方越境パチンコも問題視される中、全国に先駆け大阪は営業自粛に応じない店名を公表。するとそれが 「営業継続中」 の官製広告となったか新たな客を呼び、店内は大盛況だとか・・・。大阪人自賛も露と消え・・・
まあカジノをつくりたくて仕方がない首長の方々がパチンコを目の敵にしても、とは思います。

  * * *

そんなこんなはさておき・・・

コロナウイルスによる非常事態宣言が出される前のことですので、なんだかすっかり昔のような気がいたします。昨日と同じく仕事で滋賀に出掛けた折に少し寄り道をして、大津の旧琵琶湖ホテルを見てまいりました。
大阪中之島の中央公会堂の原案設計者である岡田信一郎氏の設計、と言いますか氏は途中で亡くなり、岡田事務所として完成させた1934年竣工のホテルです。現在は大津市所有の「びわ湖大津館」という文化交流施設となっています。(今はコロナ禍で休館中です。)

地上3階地下1階の国際観光ホテル、鉄筋コンクリート造ながらいわゆる桃山調の外観で、もちろんずっと以前からホテルとして営業中の時より知っていましたし、(遠巻きに!) 見たりもしていました。けれども決して足を踏み入れたいとは思いませんでした。なにしろ桃山調ですもの・・・。
大学で近代現代建築を学んで窮屈な理屈に染まった頭には、到底受け入れられない意匠ですものね。
同じ桃山調でも村野藤吾さんの大阪難波の旧新歌舞伎座などは唐破風を連続・重層させる意匠で村野さんの独創性を感じて全く素直に受け入れて眺めていましたのに、琵琶湖ホテルは流石にどうも・・・。
けれども私もいい年になり、時代もクラシックホテルなどがもてはやされる頃となり、まあそんなに目くじら立てなくとも・・・と訪れた次第です。

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左右対称の外観 エントランスの唐破風がいかにもっという感じ

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扉を入って正面 向かって左手には古風なエレベーターが現役で活躍

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フロント背面には趣きのある鍵の棚

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両替カウンター スチールの格子が繊細で防犯の物々しさを和らげています

  * * *

それにしてもどうして鉄筋コンクリート造の桃山調が受けつけられないのでしょうか・・・
そもそも軸材を組み合わせて構成する木造と、一体成型の量塊的なコンクリート造とが同じ意匠をまとうはずがありません。鉄筋コンクリートには鉄筋コンクリートの造形があり、スケール感があります。
とそのように学び刷り込まれてきました。
けれども・・・
鉄筋コンクリート造でありながら、木造のシルエットや軸組、軒裏の意匠をかたちだけ真似るのが許せない(!)のであるとすれば、京都の南座 (1929) なんて何の違和感もなく眺めていたのですから、私も実にいい加減なものです。もちろん建築として素晴らしいと思って南座を見ていたわけでは決してありませんが、歌舞伎の芝居小屋ってこんなものだろうという先入観も刷り込まれていたようで・・・・。しかし歌舞伎小屋は許せても、「国際ホテル」 はもちろん 「和風旅館」 がコンクリート造の木造和風建築っぽくつくられることへの拒否感もしつこく持ち合わせていますので、われながらよくわからない・・・。

寺社仏閣などでも意匠はまったく歴史的寺社そのものながら、耐震耐火上の要請で鉄筋コンクリート造で造られるものが多くあります。けれどもやはり、新たに建てられる寺院がコンクリートでありながら、古くからの木造寺院のふりをする というのはどうにも受け付けられません。新しい寺社建築の在り方があるべきであろうと・・・。
鉄筋コンクリートの黎明期にはコンクリートの構造特性を活かしたフランス ル・ランシーのノートルダム教会 (設計:オーギュスト・ペレ 1923) という傑作が生まれましたし、その後量塊性を活かしたル・コルビュジ設計のロンシャンの礼拝堂 (1955) が生まれています。そんな建築の写真に夢を描いておりました昔むかし、奈良の中宮寺 (1968) を見学に行った折には違和感をぬぐえませんでした。水面から建ちあがるかのように造られた鉄筋コンクリート造のお寺です。古くからのお寺のままではなく新たな意匠が意図されてはいるのでしょうけれど・・・、遠巻きに外観を見るのみではよくわかりませんでした。(今でもよくわかっていませんが・・・) この設計者の大先生は伝統建築の中に現代的な要素を持ち込んだ清新な意匠ということで知れ渡っていますし、あの百花繚乱の70年大阪万博でも中宮寺に近い意匠の鉄筋コンクリート造和風建築パビリオンをお建てになったのですから一筋通っていて、それはそれで尊敬いたしますが・・・。

複数の伝統的建造物が建つ伽藍の中に建てられる場合で、全体の統一感のための苦渋の選択ということももちろんあります。
けれどもあの出雲大社の歴史的境内、まさに大社の前に建てられた庁の舎 (設計:菊竹清訓 1963) は、鉄筋コンクリート造で現代的な技術と造形を如何なく発揮し、風土との融合を図る意匠もあって、学生時代に見に行って本当に感銘を受けました。先年残念ながら取り壊されてしまい新たに建て替えられた新庁舎は菊竹氏の想いとは遠く隔たり、伝統的意匠に偽装した 大社公式見解によるところの 「宗教空間としての境内に相応しい風景を復活」 とのことで、あれまあ・・・と絶句です。

近年劣化で耐震上の不安も生じ、建て替えの機運も高まっている城郭建築、こちらも鉄筋コンクリート造で戦国時代そのままの外観をまとったもののオンパレードです。
けれどもこれは現代もなお信仰の場として現役の寺社仏閣とは異なり、既にその機能を失った遺物です。戦後各地でとりあえず建設された鉄筋コンクリート造城郭建築は、お城の外観を借りた歴史博物館、言葉は悪いですがテーマパーク、ディズニーランドに建つ西洋の古いお城と変わるものではありませんし、それに異を唱えるつもりも毛頭ありません。はなから鉄筋コンクリート造ならではの意匠を目指すなどという議論は成り立たず、その姿を借りて造ることに意味があり、正しいテーマパークの在り方?です。
却って近年話題の 「木造で当時のままに再建」 というほうが、文化財上は正しくとも、耐震上とか観覧に供する場合のバリヤフリーとか、さまざまな問題を生じさせてしまってややこしい。

  * * *

話しが四散し、何を書いているのかよくわからなくなってきてしまいました。
最初の琵琶湖ホテルに話しを戻せば、外国人の賓客ももてなす国際ホテルの様式として桃山調を用いたことが、何となくフジヤマ芸者的な媚のにおいを感じてしまって嫌悪感が先立ってしまう というのが本音の所でしょうか。
でもまあ、何の意図もない四角い箱が湖畔にポツンと建つよりはいいんじゃないの・・・と、堕落した考えを桜が咲き始めた好天の琵琶湖のせいにして散策を楽しんできた私でした。
既に諸々の自粛要請などは出ていましたけれどもまだ
のどかな春の日が ほんのひと月ほど前の日常でありました。
とても遠く感じられます。

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湖岸側の撮影スポット
対岸には先に記事にも書きましたびわ湖ホールが見えます

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琵琶湖ホテルから足を延ばして近江神宮へ 本殿前の桜が見事でした
桜と共にずーと撮影の母娘 卒業式は執り行われたのでしょうか?それとも・・・
  1. 2020/04/26(日) 10:15:36

建築展覧会 二題

新型コロナウイルスの影響であちこちの公共文化施設は閉鎖、各種イベントは中止・延期や無観客実施・・・
なんだか急に騒々しくなりました。
先日からは告知メールが頻繁に届き、楽しみにしていたお芝居やコンサート、講演会に見学会も残念ながら軒並み中止の憂き目に。
世の中一斉に 右向け右 のこの流れ、個人的には違和感を覚え、あるいは昭和天皇崩御や震災後の自粛ムードも思い起こしてしまいます。
私個人の楽しみはさておき、イベント実現に向けて随分と長きにわたって準備を重ねてこられた多くの方々の労力と費用が、なんだかあっけなく “問答無用!” とばかりに切り捨てられてとても悲しい。野田秀樹さんの 「劇場の灯を消すな」 の意見表明にも大いに賛同を覚えます。
けれども一方、ここ大阪でもライブハウスでの感染が明らかになるなどやはり致し方ないことなのでしょうか・・・

美術館博物館も予定会期を繰り上げるなどして臨時休館されてしまいましたが、まだこんな騒ぎが起きようとは思いもしなかった2月中旬に (行っておいて良かった!)、関西では開催が珍しい建築の展覧会を二つ見てまいりました。
国立国際美術館での 「インポッシブル・アーキテクチャー ―建築家たちの夢」 展 と 神戸市立博物館での 「建築と社会の年代記―竹中工務店400年の歩み―」 展です。

「インポッシブル・アーキテクチャー ―建築家たちの夢」 展は一年前に関東で始まったものがようやく関西までたどり着きました。楽しみに待っていました。
実現には及ばなかった建築の夢の跡のかずかず・・・
純粋にヴァーチャルな建築を夢想して実現不可能の場合もありますが、建築が建てられないのは物理的技術的な要因とは異なる様々な御都合によりますのは、建築が取り壊されるそのほとんどが建築本来の耐用年数が故ではなく他の御都合によるものであるのと同様です。
そして今回の展示、なんといっても目玉は ザハ・ハディドのオリンピックスタジアム案 でしょうか?
会場には 「この計画は インポッシブル ではなく ポッシブル 」 との注記がわざわざ掲示されていました。模型やCGもさることながら、完成した実施設計図書や許認可申請の製本の山を見るにつけ、その完成度の高さと実現に至らなかった無念さが思われます。
国際コンペで選出され、オリンピックの東京誘致にも大きく寄与した設計案が、様々な事情があったにせよあっさりと反故にされた経緯にはひどく失望しました。その後の再コンペのあれこれにも・・・。時間と予算ありきのコンペでは設計者など微力なものです。(内容はすでに決められ日本的なパッケージのみを求めた戦前の悪しき設計競技も思い浮かべてしまいます。)
かつて関西国際空港旅客ターミナルビルに係わった際に思いましたが、巨大で困難なプロジェクトというものは、施工や製作するファブリケーターがおのずと限られ競争原理などは毛頭働きません。そこでしか製造できないような特殊なものはもうそこの言いなりにしかならざるを得ず、コントロールが非常に困難となります。ザハのスタジアムではキールアーチが悪者の代名詞のように独り歩きして集中砲火を浴びた感がありました。設計上・施工上・コスト上の詳細は知らず無責任なことを勝手に申すわけにもいきませんし、事後にあれこれ言うのもよろしくはありませんが、会場に展示された数々を眺めるにつけ、少なくとも技術的には充分に解決されていたであろうに、世の中全体での実現に向けた気力の醸成がうまくいかなかったのであろうかと残念に思います。
ついつい北京オリンピックのメインスタジアム 通称 「鳥の巣」 を比較して思い起こしてしまいます。建築界はもちろん世間一般でもとても話題になった建築でした。中国の国力・勢いを強く感じた心躍る建物でした。残念ながら私は実物を見たことがないのですが、それでももの凄く印象に残っています。
あるいは1964五輪 丹下健三氏設計の代々木スタジアムの吊り構造の屋根のシルエットが深く心に刻まれて建築に夢を見た多くの日本人を想います。
2020東京五輪の新国立競技場、私自身はこの実施設計案よりも当初のコンペ案を現実の建物として目の当たりにしたかったと望んだ一人です。少々牙が抜かれ気味?の実施案よりも、コンペ案のド派手さが国家的なお祭りにはふさわしいでしょうし、人々の心を湧きたててくれたものと思います。それこそ新型コロナウイルスでオリンピック中止延期?などという悪い噂も吹き飛ばすほどに・・・

実現しなかった建築 ということでは図面や模型で建築を思い浮かべるしかないわけですが、流石に今の技術は凄いですね。現実の都市に建つリアルなCGの動画が大きな画面に映し出されて身体ごとのみ込まれると、リアルだかアンリアルだか もう境界線が曖昧。
黒川紀章さんのHelix計画のムービー (見えない都市#パート1 #メタボリズム Pierre-Jean Giloux) は凄かった!形態としては非常に整合性のある形でありながら堅苦しくも息苦しくもなく、動きがあり未来志向な雰囲気が漂っています。でもメガストラクチャーが凄い一方で、その上に建つ住宅のイメージの安直なこと と言いますか、あくまで戸建て志向なのね?と思ってしまいました。
菊竹清訓さんの海上都市計画でもやはり円筒状のメガストラクチャーに取り付く一粒一粒はやはり独立した個の住まいのようでしたが、非人間的な構築物にもなりかねないマススケールの構造にヒューマンな環境を持ち込むための仕掛けのあれこれでしょう。
菊竹さんでは国立京都国際会議場のコンペ案も展示されていました。緻密に詳細に描き込まれた断面図や建物の構成が一目瞭然の模型など、とてもとても見応えがありました。実際に建った姿をなんとも見てみたかった建築です。(現実に建ちました大谷幸夫設計の現国立京都国際会館、今週末に特別見学会と公開講座が予定されており楽しみにしていましたが、やはり開催中止に・・・残念!)

インポッシブル・アーキテクチャー

さて一方の「建築と社会の年代記―竹中工務店400年の歩み―」展、名古屋発祥の工匠の時代から神戸に移して以後のスーパーゼネコンへの道のりまで、こちらも実に多くの充実した展示でした。
竹中と言えば私のイメージでは施工ばかりではなく設計の充実、それも現代的でメカニカルなカチッとしたデザインだけではなく、むしろ繊細であったり遊び心のある小技なども利いたデザインの印象が強くあります。
同じ神戸の竹中大工道具館には唐招提寺金堂の斗栱の実物大模型の展示に圧倒されすが、こちらの会場には三重県にあります正福寺本堂の組物の原寸模型が大迫力、そのような伝統的な寺社仏閣から、かたや東京タワーやあべのハルカスまで、現代の高度で複雑な建築の展示。多岐にわたるこれらの建築を実現していくには、意匠と技術が 設計と施工とが一体的なチームとなったスーパーゼネコンのような形態でしか困難になってしまったのであろうか、と先の新国立競技場のあれこれなども重ね合わせて感じてしまいます。

建築と社会の年代記

「インポッシブル・アーキテクチャー」 展では 「磯崎新VS浅田彰 講演会」 の抽選に外れましたが、竹中展でも展覧会に合わせて催された藤井厚二設計の 「旧村山家住宅 和館見学会」、恐らくは超がいくつもつくほどの狭き門でやはり抽選には外れて見学がかないませんでした、うっ残念!

抽選に漏れたイベントは仕方がないとして
楽しみに予定していました数々の催しがことごとく中止となることには理不尽な思いを抱きつつも、しばらくは大人しくじっとガマン・・・
目下気になっていますのは3月17日の 「マルタ・アルゲリッチ&ギドン・クレーメル 奇跡の一夜 」 のコンサート
不埒ながらもメールが届く度に 中止の案内では とヒヤヒヤしています、感染の不安にヒヤヒヤではなく・・・
どうか滞りなく開催の運びとなりますよう!
  1. 2020/03/04(水) 14:17:32

守山市立図書館

先の週末、佐川美術館へ 「デザインあ展 in SHIGA」 を見に出掛けてまいりました。会期終了間際の日曜日とあって覚悟はしていきましたが、いやはや・・・
美術館にたどり着いてから 「あ展」 の会場に入るまで3時間!雪の降る中待って待って待ちました・・・
各コーナーの体験などはあふれるお子様方にお譲りして、それでも十分に楽しめました。
樂館での 「吉左衞門X 深見陶治×十五代吉左衞門・樂直入」 では 「あ展」 とはうって変わってひっそりと落ち着いて鑑賞。
やはり作品も展示空間も素晴らしい。
以前訪れた際にも樂館の展示室造り付けのベンチ、座面がやけに高いなあ???と感じたのですが、くつろぐために坐るのではなく、作品と対峙するために緊張感をもって坐る という意なのでしょうか・・・

さて
佐川美術館を後にして2018年秋にリニューアルオープンした守山市立図書館へ。設計は隈研吾さん。
このところの隈さんのデザインソースである勾配屋根に鉄骨あらわしの軒、そして天然木のルーバー。
内部は、平と木端とを使い分けた板を張った天井が変形した平面形に則し、充分な高さもあって変化に富んで豊かな空間を作り出しています。壁面に貼られた板は実に薄っぺらい表層的な扱いで、ピクチャレスくな雰囲気を醸し出しています。
北側の水路に面した面に沿って閲覧室が設けられ大きく開かれており、出入口も三方あってとても開かれた印象です。

この建物、見れば見るほど恐らくは非常にシビアなコストコントロールで建設されているであろうと窺い知れます。
水路側がメインのファサードとして木製ルーバー張りであるものの、利用者が主に出入りするのは駐輪駐車がある反対側の南面であり、そちらの面は主要道路近くこそ板が張られていますが、そのすぐ奥の事務所+閉架書庫にあたる部分の外観の割り切りようと言ったら!以前富岡市役所でも呆気にとられましたのと同様です。そしてメインエントランスあたりの軒裏の鉄骨は物流倉庫さながらの武骨な表情!
内部の仕上もひたすらシンプルに同一材料で目に見える大空間の床・壁・天井を覆い、それ以外は素材も納まりも実に質素倹約。
そのようななかでも一味も二味も異なる建築をモノにするのは流石ながら、家具のデザインや配置を含め従来型の図書館のあり方から踏み出そうという気概が私にはあまり感じられませんでしたのは少々残念な気がしました。

私は意地悪にもそんなところを気にして見てしまいますが、けれども、豊かであたたかな市民の誇りとなる建築であることは間違いありません。遅くまでの開館時間や、カフェの飲み物の持ち込み可など、利用者にとってもうれしい運営です。

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駐車駐輪場側(南)からの外観

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駐車駐輪場アプローチ側の外観

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駐車駐輪場側 利用上のメインエントランス

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主要道路側(西)からの全景

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水路側(北)のエントランス 設計上はこちらがメインファサード?

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木製ルーバーコーナ部の納まり

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事務室+閉架書庫の部分の外観 駐車場に大きく面しています

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こもれび広場と名付けられた通り抜けのエントランスゾーン

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水路側エントランスから見るエントランスゾーン

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館内案内のサイン 変形した平面形がわかります

  * * *

図書館内部も撮影はさせて頂けましたが、ネット上へのアップロードは禁じられましたので外観のみ掲載、公式サイトには建物の紹介ムービーもありますので、そちらをご覧ください。
守山市立図書館公式サイトはこちら
  1. 2020/02/13(木) 09:46:13

難波心斎橋 ぶらり散歩

毎年夏の大阪市立大学上方文化講座でお世話になっています竹本津駒太夫さんがこの度めでたく六代目竹本錣太夫を襲名され、その襲名披露狂言となる初春文楽公演を楽しみに国立文楽劇場にいそいそと出掛けてまいりました。
ロビーでは錣太夫さんも観客を出迎え交歓の席を設けられており、真面目で朴訥なお人柄に触れることが出来ました。

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新春公演恒例の睨み鯛

  * * *

幕も引けて難波~心斎橋までぶらりと散歩。
難波の旧新歌舞伎座・・・ずっと長らく閉鎖された状態でしたのが昨年暮れに改修されてホテルとなってオープン、隈研吾さんの設計。村野藤吾さんの唐破風が連なるファサードはそのまま残して上部にはルーバーを巡らした高層の現代建築、そしてその頂部にはそのルーバーでかたどった破風状のデザイン、村野デザインへのオマージュでしょうか?
一目見た際に あれ?ないっ! と思ってしまったのがあの辻晋堂の鬼瓦・・・あれがあってこその新歌舞伎座の屋根でしたのに・・・。
鬼瓦は取り外されて1階駐車場の奥に据えられていました。
建物内部は用途も変わっていますので、まったくの新しい建築で村野外観は微塵も感じさせません。少々殺風景な印象でした。
それにしても奥行の浅い建物ゆえ仕方がないのでしょうけれど、高層階が目いっぱい唐破風+大屋根の上に載っかっていていささか可哀想、しかも鬼瓦を据えるスペースもなくギリギリでいささか窮屈。外観保全の建物というのはこうならざるを得ないのでしょうか・・・

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頭がいささか窮屈で可哀想   堂々たる大屋根も薄く張り付いたイメージになってしまって・・・

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大屋根の上で睨みをきかせていたのも過去の栄光? 今やすっかり日陰者(!)の悲哀を感じさせます

  * * *

そこから北へ向かい昨秋建替えオープンの心斎橋大丸(設計・施工 竹中工務店)へ。
同じようにヴォーリズの外観を残しつつ上層部が加えられていますが、セットバックして設けられその意匠もヴォーリズにちなんだアラベスク模様の繊細でごく控えめなものでさほど気になりません。
メインエントランスもそっくり復元され、御堂筋側の外観は従前のヴォーリズ設計の建物のイメージがかなり丁寧に継承されているように感じます。一方心斎橋側は孔雀のテラコッタこそは復元されていますもののすっかり新調でした。
内部に足を踏み入れてみますと、1階では特徴的な天井周りやエレベーターホールなど建て替え前の意匠がそっくり再現されていて、一瞬あれれ?と思ってしまいます。じっくりとよく見てみると、なるほど・・・柱間の寸法が変わったのを実にうまいこと処理してあって、間違い探しの難問クイズの如しです。設計では随分とご苦労があったことでしょうね。

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御堂筋側の外観

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孔雀のテラコッタも従前の丸い庇はなくなり、にぎやかな心斎橋では平滑で少々おとなしい印象でしょうか・・・

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側面はヴォーリズのモチーフを用いつつ現代的なデザイン

  * * *

大丸心斎橋店のすぐ南側ではヴィトンの建物も工事中(設計 青木淳)でした。
久しぶりに難波心斎橋界隈を歩いてもうあちこちきょろきょろしてばかり・・・

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  1. 2020/01/28(火) 19:51:18
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