建築の眼 JAZZの耳 ; tetsuyakimura_weblog

木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢 が  見たこと 聴いたこと 感じたこと

2019夏 魂を巡る旅

まだ興奮もなまなましいうちに投稿 と思っていましたのに、いつしか秋となって夏の回想録となってしまいました。

この7月の始め 関東に行ってまいりました。
演劇実験室万有引力による 「奴婢訓」 の公演が武蔵野美術大学で行われることは早くから知っていたのですが (どこで知ったのだろ?)、劇団のウエブサイトを見てもなかなか情報が掲載されないし、あれれ・・・と思っていたところに、劇団からのメールマガジン。
曰く
「当初、武蔵野美術大学の学生と関係者のみへの公開を目的として準備をすすめて参りました小竹信節 退任記念公演『奴婢訓』ですが、多数のご要望にお応えして一般のお客様にもご観劇いただける運びとなりました。」
そうだったのか!そして読み進めれば、 メルマガ連載のコラム にて「奴婢訓に纏わる話」
「「奴婢訓」は、私にとって最も印象に残っている作品である。というのは、「天井棧敷」でのデビュー作が「奴婢訓」の京都公演であったからだ。私が「天井棧敷」に入団したのが1980年であった。」
おお!まさにそれ、それです!大学生の時、生協に貼られたポスターにそそられて出掛けた太秦の大映撮影所、そこで初めて観たお芝居というシロモノ。その体験は私にとってもう天地がひっくり返るカルチャーショックで、私にとっての芝居小屋通いもまたそこから始まったのでした。
東京だからなぁ・・・と思っていましたのが、これは行かねば!に変わり、ちょうどたまたま観に行きたいと思いつつも 「東京だしなぁ」 と横目で睨んでいた森美術館 「塩田千春展:魂がふるえる」、二つも重なればなんだかもう大義名分がそれぞれに出来たみたいですっかりその気、しかもどうせ行くならとあれこれ欲張って・・・。
盛りだくさんの旅となりました。

   * * *

朝早くの新幹線に乗って大阪を発ち、何はともあれまず目指すは森美術館 「塩田千春展:魂がふるえる」

開館の10時前を目指してたどり着けば、なに?この大行列は・・・?
事前にチケット買っておけばチケット売り場で並ばずに済みます、というネット情報を信じて出掛けたのに長蛇の列に呑み込まれ、もう展覧会場にたどり着いた時にはへろへろ・・・
けれども
一歩会場内に足を踏み入れた途端に身体中にぞくぞくっと走る感覚・・・いったい何でしょう、この正体は?
粗密ある空間の拡がりの中に有限無限の時空を感じ、ともかく素晴らしく圧倒された展示の数々!
まさしく魂がふるえる体験でした。

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最近は撮影OKの展覧会も増えました


折角なので展望施設から おお、あれがオリンピックスタジアムか・・・などと東京のビル群なども見渡し、さて横浜へ。

坂を上って神奈川県立図書館・音楽堂 (前川国男 1954) へ。

まず先に図書館、あいにく外構工事のために周囲が足場で覆われ、PCブロックを透過する光の効果を感じることができず残念。
内部の吹き抜けの閲覧室とその外側の縦ルーバーも、現代の眼で見てしまえばさほどの感慨もなく、年月を経た図書館であるなあ・・・との印象ばかり。

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続いてお隣の音楽堂へ、図書館とはうって変わってこちらではひどく感銘を受けました。

戦後の物のない時代に 限られた面積の中で けれども心から音楽を欲した、その真摯な想いが空間からひしひしと伝わります。
べニア張りのホール内装も好感度抜群。
それにしても面積がいっぱいいっぱいの計画、ホワイエはホール客席の下で段床がそのまま天井に現れ、ステージ横の客席出入り口はメインエントランス扉の真ん前近くでびっくり!ワンスロープの客席は最後部はもう外壁でロビーや連絡廊下もなく、舞台も僅かばかりの袖のみでバックステージはないのですね。
ともかく客席と舞台をなんとか苦労して敷地に納めましたっ!て感じ。そんな窮屈さも建築の質には微塵もマイナスを感じさせず、人で溢れるホワイエもよい心地です。
この日ここで神奈川フィルのモーツアルトをうっとりと (時にはうとうとと) 聴きました。
出掛ける直前に組んだ旅行の予定、この日のコンサートのチケットもギリギリに取りましたので最後列、ですがホール全体を見渡せて雰囲気もよく味わえご機嫌です。
客席下の空間をホワイトして確保するためか、ステージ先端からさほど離れず客席最前列が始まり、2列目からすでに段で上がっているためでしょうか、最後列の客席からは前の人の頭がずらり重なってステージ前方は結構視界がふさがれます。まあ良い音が聴こえれば、と音楽専用のホールとしてギリギリの妥協でしょうか。でも・・・兵庫県立芸術文化センターのよい響きに馴染んだ耳にはやや分が悪いかな。
終演後バックステージツアーが催されていたのですが、とうの昔に定員に達し締め切り。念のために問い合わせてはみましたがツアーには参加できず残念、ステージ裏の面積との格闘を見てみたかった。

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屋根のライン 水平にこだわらないところが実直な解決で好感を持ちました

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内装のべニアが こんなにも高貴な素材に感じられるとは!

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音楽堂・図書館の外観見るべく周囲をぐるりと廻れば、横の横浜能楽堂 (大江新 1996) には見学云々との案内が・・・
もちろん入り込んで一通り見せていただくけれど、図書館と音楽堂を見た後なので 豊かな時代の建築であるなぁ とばかり感じます。

横浜にうつつを抜かすことなく?再び東京は銀座へ。
コンサートの時間に追われ後回しにした塩田千春展関連の GINZA6でのインスタレーション を見に戻ったのでした。
吹抜に吊るされた 巨大な黒い船の数々。
見る角度によってとれもリアルな船に見えたり、骨格標本に見えたり、ただの大きなモビールに見えたり・・・。
原寸でないとわからないこの感覚を、作家はどのように構想するのでしょう。

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GINZA6を後にして表通りに出てみれば、もうそこら中に面白い建築や有名建築ばかり。完全なおのぼりさん状態になってしまいました。

この夜の宿は再び八王子の大学セミナーハウス。
前回本館に泊めて頂いたので今回は松下館へ。入口扉を開けて、あれれ?と感じてしまいましたのが踏み込みがなかったこと。ホテルの客室と考えればべつにあたりまえでしょうし、もちろん本館の宿泊室にも踏み込みなどありませんでした。けれども松下館のような独立スタイルのキャビンだと、無意識のうちに体の方が玄関扉あけて一歩中に入って靴脱いで・・・と動作していまして、それが土間がなくって戸惑ってしまいました次第。
靴脱ぐスペースとしてマットが敷いてありましたのは、やはり落ち着かない人が多かったから?
天井は外観を反映して円筒状、平面はやや変形、けれども際立った意匠の癖もなく、浴室はごく普通の愛想ないユニットバスに付け替えられていて少し物足りません。

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今回は日の出も早い7月の朝、早くに目覚めて敷地内を散歩しますと、おやおや数か月前の3月の朝とまったく同じところに鎮座していらっしゃるではありませんか!夏服にお着替えになって!ここのあるじなのね?

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3月の折ねこさんの写真と比べてみてください!


   * * *

二日目です。
前日の 「塩田千春展:魂がふるえる」 の文句に触発されての巡礼旅でも、もちろん個人的な終活でもなく、どんより曇ったこの日は霊園巡り。

まず向かいましたのが所沢聖地霊園 (池原義郎 1973)。

これがなんとも素晴らしい、魂が洗われます。
敷地全体のランドスケープ から 素材や納まりの細部に至るまで、全てが美しく清らかにコントロールされています。
聖性が 大げさに劇的に降り注ぐように演出されるのではなく、ひそやかに心のうちより湧きあがるように細心の注意を払ってつくり上げられています。
霊園全体のエントランス その門扉の幅広のスチールプレートのひねり その門扉から斜め奥に覗く礼拝堂。
高く伸びた樹列に導かれ微妙に折れるアプローチを進めば、幾何学的に盛り上げられた大地のみどりから屋根だけが姿を現す礼拝堂、シンボリックな天窓のガラスの立方体がこちらを向いています。
その大地の盛り上がりは白い壁でスパッと切り取られ、その合間前方に静かな波紋を湛える丸い水盤、そこで折れ曲がって初めて礼拝堂の白い壁面が現れます。
正面には木製の扉、脇に分かれた径には鉄扉、池原先生らしい鉄の庇の下の鉄扉のデザインはいかにも凝ったものであり、それに対して堂の正面扉である木製扉は抑制された品格あるデザインです。
内部に入れば、左右の壁・天井には非対称にさりげなく様々な意匠が施してあります。単体で見れば何ということもない照明器具も複数を美しく配置し、取り付く壁面を凹状にして光を溜めています。天井を抑えた導入路を進み、右下の美しい彫塑的な開口に導かれて右に折れれば礼拝堂の全貌が目に飛び込みます。間口一杯に低く開口を設けた祭壇側正面、勾配をつけられた大地の緑のみが眼に飛び込みます。抑えられた壁面の、水平に縁を切った上には豊かに広がる板貼りの大天井。それを支える美しい木製の飛び梁。その梁の集まる頂点にはあの立方体のガラスの天窓。劇的な聖性を演出するのであれば祭壇側の天井を高くして上部から光を降り注がせるものでしょうが、この礼拝堂ではあくまで正面祭壇側を低く抑えて、頂点は振り返って見る後方右手側に設けられています。天窓から斜め対角方向に射した光線が祭壇を貫くことが意図されているとのことでした。その天窓の下、天井面から突き出た美しい梯子。現実にはメンテナンスには用いられないそうですが、しかし点検用梯子をここまで美しく見せ場にしてしまうとは!
礼拝堂の周りに拡がる静かな緑地のスペースにも出していただきましたが、広い霊園のあれだけの数の墓地の真っ只中に位置しながら、礼拝堂からもこの緑地からもただの一つもお墓が見えません。
礼拝堂を囲む土手の中に埋め込まれた納骨堂はなんと時代を先取りし過ぎたロッカー式、もちろん人間の尊厳を失わない意匠の仕掛けの数々が施されています。
それにしてもこの礼拝堂の見学、私一人のために職員の方がつきっきりで内外バックヤードも含めとても懇切丁寧に案内くださり、建築のすばらしさ・環境のすばらしさとともに、その応対が深く心に染み入るものでした。

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続いて訪れましたのが狭山湖畔霊園の礼拝堂と管理・休憩棟 (中村拓志2013-14)。雨風がずいぶんと激しくなりました。

現地に行ってびっくり、既にあった霊園の中での建築のためですが、敷地がこんなにも過酷な条件であったことには驚かされました。
霊園を目指して坂道を進んでいきますとカーブに差し掛かったところに駐車場、なんとそれが管理・休憩棟の水盤の下なのでした。木立の中に埋もれるように建っている写真を見ていたので、こんなにもいきなり道沿いに建っていようとは思いもしませんでした。建物も非常にコンパクトなものです。非常に低く抑えられた軒のラインが外からも内からも美しい。そして内部の磨かれた黒い漆喰壁があらわしの木の垂木と対比的でとても映えています。
礼拝堂にはさらにびっくり。霊園の片隅の、ほんの残地のようなところに建っています。よくぞまあこの敷地にこのような美しく独創的な形態の建築が生み出されたものだと驚嘆せざるを得ません。そして発想した建築家も凄ければ、これを施工した技術者もまた驚くべき技です。礼拝堂の内部はそれこそまさに小さなスペースで、木の架構のみしかありませんが、形態がなす空間の起伏あるつながりがとても心地よいものです。
それにしても小径に囲われた僅かな隙間の立地、礼拝が行われていますとあまりに内部の静寂の行為と近く、その径を歩くのがためらわれます。

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こういう写真に騙されるのですね この建物がいきなり道路沿いにあるなんて!

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ここから三鷹に移動して、ルーテル神学校 (村野藤吾 1970)へ。

スケジュールが不確定であり事前の見学願いもなく訪れたのですが、外観だけでなくチャペル内部も見学させて頂くことが出来ました。
写真から思い描いていました姿よりもやや小ぶりな印象の外観はさすがに神に仕える建物、美しく保たれています。
昨夏訪れました谷村美術館と同じような、粗い吹付の外装・独立した様々の形態の連続、という共通項を持ちながらも、あのような有機的な形態とは対照的に この建築は水平垂直の幾何学に則り、様々に複合する複雑な形態操作がなされ、地面と接する足元も“生えたように”ではなくはっきりと直立しています。そしてチャペルの内部、なによりもその天井の複雑で重層的な操作に魅入りました。水平垂直の幾何学操作のみでもやはり村野さんならではの独自の世界を見事につくり上げていることです。

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この天井は本当に見れば見るほど仕掛けに気が付きます

   * * *

さて、建築巡礼はここまでにして足元を気にしつつ玉川上水沿いを歩いて武蔵野美術大学へ。半年前に図書館の見学に訪れたばかりですが、今回の舞台は美術館 (美術資料図書館 芦原義信 1967)。

冒頭に書いた顛末を繰り返せば、1990年京都太秦撮影所での 演劇実験室天井桟敷 「奴婢訓」 公演をまさにあっけに取られて喰い入るように観てお芝居というものに目覚め、今日の現代劇から文楽歌舞伎などに至るまさしく私にとっての出発点、三つ子の魂百まで、とは言いますが私のお芝居の魂はここから生じました。
けれどもほどなく寺山修司さんが亡くなり天井桟敷は解散、それを引き継いだ劇団万有引力の旗揚げ公演は確か心斎橋パルコであったか、期待をして観に出掛けたのですがやはり天井桟敷とは趣きが異なり、また万有引力は天井桟敷時代の演目を封印していたためもう一回くらい大阪公演を観ましたか、その後は足が遠のいていました。しかし劇団が寺山作品の復活公演も行うようになっていることををある時ウエブサイトで見て以来、いつかテラヤマのナマの舞台をもう一度見たいと思い続けていたのでした。
そうして迎えた劇の幕開け、いったいどのような場所でどのような仕掛けで演じられるのだろう、と興味津々でした。
開場を待つ間、美術館の中の様子は外からはうかがい知ることができないようになっています。入場が始まり美術館の中に足を踏み入れますと、暗い・・・よく見えない・・・誘導されて進めば、吹き抜けのロビー空間に舞台・客席が組み立てられ、入ったエントランスは舞台の後方なのでした。舞台の横をすり抜けその先の客席にたどり着いて振り返れば、そこに現れた舞台の全貌。吹き抜けロビーに対してやや斜めに振って劇場が設けられ、正面と下手側にセットが組まれています。この建築の特徴ともいえる吹き抜けのロビーに掛け渡されたスロープをも組み込んで、水平にも垂直にも重層的に拡がる複雑で蠱惑的な空間が広がっていました。
お芝居が始まれば客席内も含めて至るところで多発的に演じられ、あの寺山ワールドが皮膚を通して私の中に滲み込んでくる、興奮の舞台が展開していきました。ただ少し残念であったのは、吹き抜けロビーの特性から来るのか、私の耳の衰えか、音が声が聴きとりにくかったことです。特に開演からしばらくはよくわかりませんでした。知った演目であり脚本を読んだことがあるといってもそれも既に40年ほど昔の話しです。私の中でも長年封印されてきた寺山芝居、徐々に記憶が呼び覚まされ、ギュウ詰めでわずかな身動きすらままならぬ中で酔いしれた当時の感覚と今宵の生の体験とを複層して噛みしめる2時間でした。

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ところで・・・

あの京都太秦公演の公演チラシやチケット半券 (まだチケットが個性的であった時代です!) いまでも大切に保管しています。
この夜の公演は大学の、いってみれば教授の退官記念講義に位置する特別公演ということで、紙のチケットもチラシもないのはとても残念!チケット代わりのメールなんてねぇ・・・。
  1. 2019/09/07(土) 11:25:52

六甲枝垂れ と 風の教会

今年もまた 夏の始まり
ラジオ体操が今朝から始まりました

ずっと梅雨空が続き 肌寒く感じる日々もしばしばの今年
夏 という感じがあまりしませんけれど
けれどもラジオ体操と時を同じくして
急に蝉の声も響き渡り始めたような・・・

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 * * *

ちょうど一週間前 この日も雨で寒い日でした。
場所もまた六甲山頂とあって 一段と気温が低い。

氷室開きのこの日、六甲枝垂れで 設計者の三分一博志さんの講演会と、ご本人の案内による現地見学会が催され、出掛けてまいりました。
あいにくの天気にも、三分一さんが 「このような雨に煙る六甲山頂らしい天候で皆さまは運がいい」 と言われると何だかそのような得した気持ちになってしまいます、でも寒さで我に返りますけれど・・・。
氷室を見学したのは初めてで、氷には直接触れない空気の流れなどその仕組みは実物を前に説明を受ければ 「なるほど・・・」 と腑に落ちます。
自然を体感するこの建築、地球温暖化も肌で感じているそうで、建てられた10年前に較べて製氷された氷の厚みが今年は半分以下、お盆までもつかどうか・・・ということなのだそうです。もしもお盆の暑い盛りに蓄えられた氷が溶けてなくなってしまったら、他所から補充などするのですか?と三分一さんに尋ねると、「尽きたらそれで氷はおしまいです。自然を体感する施設ですから」 ときっぱり!潔いですね!

この日は 講演会参加者向けに安藤忠雄さんの風の教会も特別公開され、厳格な寸法割付に則った禁欲的な空間も堪能。
山頂での無料送迎バスなども含め、主催者の方々のとても丁寧で手厚い応対に感じ入りました。
六甲枝垂れの運営・維持管理にはご苦労も多かろうと思いますが、意気込みとか誇りとかを感じるとても良いイベントでした。

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  1. 2019/07/20(土) 09:29:49

旧開智学校

祝!国宝昇格
ということで(・・・もありませんが)、先頃松本の旧開智学校を訪れました。1876年に建てられた棟梁立石清重による疑洋風建築で、松本市民(当時は町民?)の気概を示す名建築です。

シンメトリーの外観(一見です、よく見れば左右の長さが異なります)の中央にそびえる八角形の塔とその下の唐破風屋根のバルコニー、そしてキューピットが掲げる校名の看板が印象的ですが、このバルコニー、飾りだったのですね!
2階の講堂から出られなくもないですが、閉鎖的で腰付きの窓から ヨイショッとまたいで出ないといけない造り、メンテナンス上の出入り程度にしか考えられていないようでした。

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正面外観 塔はセンターからはずれています

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上部に半円形のステンドグラスが嵌っているのがバルコニーに面した開口部
他の窓より若干腰部が低いのですが、でもまたぐにはちょっと・・・

 * * *

そして1階2階の壁面に整然と並ぶ特徴的な窓、なんだか不思議な絵で描いたような窓ですが、これらは両開きの木製板戸、内部側に内開きのガラス窓が入っています。この板戸は雨戸の役割なのか遮光の役割なのか、あるいは意匠上のものなのか・・・裏面の窓には設けられておらず、しかもそちら側の窓は室内側で引き込む窓となっています。雨が入り込んでタイヘンなことはなかったのでしょうか?

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正面南側の窓 室内側からだと様子がよくわかります

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北側の窓 室内側で片引込
上下の枠を連続させて意匠的にすっきりしたものとしています
同時に外観では正面同様ポツ窓の意匠となって彫りも深くこちらもすっきり
ちなみに背面の外観が下です
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 * * *

随所に施された彫刻も見事なら、木製扉の板の杢目は描かれたものと知ってまたびっくり、この頃の洋風建築では大理石の石柱に模して左官で石目模様を描いたりしていましたが、わざわざお得意の木でもそんな裏技を施していたとは!
廻り階段は、子供らは恐らく随分と楽しんで駆け降りたことと様子が眼に浮かびますが、結構大変な仕事。
本格洋風建築を目指しての様々な工夫技巧の数々、子供の教育を第一と考えた建築計画上の配慮など、国宝にふさわしい建築でした。

宿への送迎車の窓から一瞬外観を拝んだ旧山辺学校、こちらも立ち寄って見たかった・・・。

 * * *

翌日は上高地散策。
日本の美しい自然を満喫!

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大正池

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明神池
  1. 2019/07/10(水) 06:27:23

国立京都国際会館見学記

先日 京都宝ヶ池に国立京都国際会館の見学に行ってきました。

学生時代に京都に4年も住んでいて、けれども宝ヶ池はずいぶん遠く、その後大阪にもう40年近くもいて、その間には地下鉄も開通して国際会館まではすっかり行きやすくなり、京都工繊大がある松ヶ崎までは何度となく行っているのに、もう一駅足を延ばしたことがなくウン十年・・・
ひどいズボラがお恥ずかしい限りでしたが、宝ヶ池プリンスホテルとセットでようやく到達。


村野藤吾氏最晩年の宝ヶ池プリンスホテルは箱根プリンスを見た後だけに焼き直しの感がぬぐえず、かといって箱根のあの劇的なロビーに値する空間もなく、ホテル自体も宝ヶ池に面するわけでもなく、少々期待が空回り。けれどもフロント背面の大胆な紙障子やロビー床のカーペットの模様は京都を感じさせる美しい意匠でしたし、階段や吹抜周りの手摺りの妙技は相変わらず素晴らしい。
見学に際してロビーに一言お断りを入れればとても丁寧で親切な対応を下さり、こちらもさすがです。


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外観全景
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フロント背面の紙障子 自由闊達なデザイン
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和食レストランの入り口は凝った村野さんらしい意匠
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階段は手摺・支柱など村野さんの真骨頂 脇に置かれた家具も味があります

  * * *

宝ヶ池の周りを散策して一服、池越しの国際会館は右に比叡山の姿も重なり、とても美しいものでした。

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さて、国際会館へ。

見学に先立って最近出た本 「特薦いいビル 国立京都国際会館」 で事前に予習、と言いますよりもこの本を見て、「そうだ 行ってみよう!」 となったというのが事の次第です。

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BMC・著 西岡潔・写真 大福書林・刊


昔々、勤めていました設計事務所の書庫にありました 「国立国際会館 設計競技 応募作品集」 を見て、菊竹清訓さんの応募案に圧倒されて以来、菊竹案の国際会議場こそを見てみたい!と思ってしまったのが今日まで足を運んでいなかった一つの理由です、いえ言い訳にすぎませんが・・・。
もう一つ、私が学生の頃の建築案内書に、国際会館の造形を 「合掌造りを模した」 云々とあり、この国際会館に先立つ国立劇場が校倉造りを模したということもあって、若かった私は京都という地で建築を学んでいたということもあってなおさら意識的に、現代建築が過去の造形様式を模することに対しての違和感 (あるいは嫌悪感) を覚えており、それが足を遠のけていたというのは事実です。

けれども設計者の大谷幸夫氏はあくまで空間の断面形状から合理的に台形を選択してそれを造形にも高め、合掌造りなどとの発想とはまったく別の次元で正統的に新しい建築に取り組んでいらっしゃったというのが真実でした。
いったい誰がそのように解説したのか、つまらぬ風評に影響され、自らの眼で現実の建築を確認することも設計者自身の言説を正しく理解することも怠った挙句、身近にある名建築を見逃すこと40年・・・実におバカなことでした。

今振り返って大谷・菊竹二つの応募案を見比べてみても、双方ともに図面から気概が立ちのぼってきます。思想も造形も機能技術も優れて際立ったもので圧倒されます。そして冷静な目で見てみれば、大谷案はやはり建つべくして建ったと思われます。

そして現実に建つ大谷幸夫設計の国際会館は素晴らしく見応えのある建築でした。

台形をさまざまに組み合わせたその外観は大胆でのびやかに、景観ともよく調和し、その素材のコンクリートも多種多様の工法と仕上げ方で変化に富んでいます。その台形が生み出す主要空間の断面形状は国際会議場にふさわしい品格と荘厳さに満ち、台形と台形の隙間に生み出される変化に富んだ空間は、屋外テラスや通路脇のラウンジなどに活かされ、何といってもエントランスからメインロビーへ至る印象的なアプローチ空間を演出しています。さすがにRoom C-1・C-2の傾斜壁面に建て込まれた襖・紙障子には驚かされましたけれど・・・。
そしてこの国際会館のメインは何といっても様々なスキップフロアで構成された立体的なメインロビー。「重要なことは議場ではなくロビーで話され決められる」 という思想に基づいているそうなのですが、メインロビーには驚くほど豊かな面積が割り当てられています。それ以外にも各会議場前ロビーはもちろん通路や階段脇であったり至るところにミーティングのスペースが設けられていますのが印象的。そしてそれらの空間を支える素材・納まり・手仕事の技!大胆な空間構成と細部の意匠・素材との調和に設計者・施工者の圧倒的なエネルギーを感じさせられずにはいられません。
それにしてもこの内外のコンクリートの膨大な面積を職人がコツコツと斫りに斫ったその仕事!
階段などの立ち上がりと床面との取り合いはなだらかにアールが取られ、その精度の美しさには見惚れます。この建築の斫り仕事は一旦躯体のコンクリートを打ち上げた後、意匠として骨材を選別して混入した表層のコンクリートを二度打ちしてから斫ったものだそうです。その昔勤めていました頃、二度三度ほどコンクリートや石の斫りを試みたことがありました。面積的にはごくわずか(なにしろ高価!な仕事ですので・・・)でしたが、職人の手間はそれは大変で、そしてもちろん効果は絶大。その後はコストはもちろんですが、そのような大変な仕事をこなす斫り職人がいなくなったということもあって、私の意識の中からはすっかり忘れ去られた仕上げでした。
加えて家具とアート!建築の設計と一体的に進められた剣持勇氏デザインの家具や、工事費の2%を目標に (実際には1%となったそうですが) そこかしこに配された芸術作品の数々。単に後から芸術作品を飾りました、というのではなく建築と芸術作品とが対等に組み込まれるという理想の形です。
建築の台形のモチーフに対して、照明は折り紙状の菱形がモチーフとなって実にバリエーション豊かに展開して空間を彩っています。
苔をイメージしたという緑色のカーペットには石庭の砂紋を映したさざ波が立体的に拡がり、場所によっては床から腰壁へともつながっています。
内部の空間だけではなく、台形形状で生み出された屋外テラスや、宝ヶ池ともつながる池とその水面を渡る格子状の歩廊など屋外空間も魅力に満ちています。

バリヤフリーが前提となる現代の公共施設ではご法度となった感のあるスキップフロアが多用された床の構成を含め、ごつごつとした骨太の造形、手の痕跡豊かな職人技に満ち満ちた仕上げの数々、建築と家具・工芸・芸術との幸せな結合など、現代の薄く軽く滑らかで光沢感に溢れ、コンピューターの三次曲面も多用される建築とは隔世の感があります。
まさしく昭和の佳き手仕事の時代の建築ですね・・・
建築の実体のみならず、公開設計競技の過程やその熱気を含め、設計建設そして維持管理のすべてが 「佳き時代」 を感じさせる建築です。それらを懐古的に伝えていくのではなく もちろん 人里離れた佳き時代の遺物 とならず 今後もさらに時代に適応しつつ存在感を高めていって欲しいものです。
 
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アプローチからの威容
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庭園側の外観 池に面して張り出すのは貴賓室などの控室
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V字型の柱は鉄骨で耐震補強されていました
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近未来的な趣きのアプローチ空間
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立体的なメインロビー 剣持勇のチェアはさまざまな置き方で座る人の関係にバリエーションをつくります
こんなことを書くと今の時代には叱られますが、やはり後に加えられた多くのスロープがスキップフロアの
大胆で広がりある空間を少々窮屈なものとしてしまっていると感じざるを得ませんでした
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この柱の重なりには思わずカメラを向けたくなりますよね
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壮大なメインホール
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会議場A 私はこちらの意匠の方が好きです
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台形によって生み出されるラウンジコーナー 落ち着きあるいい空間と家具です
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ルームCの斜めの襖・紙障子 開け閉めにはちょっと気を遣いそうです
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建物上階からみる庭園と それにつながる宝ヶ池

  * * *

takaragaike shika 
宝ヶ池周りにも 国際会館敷地内にも 何頭も鹿がいました
  1. 2019/06/23(日) 11:33:29

出江寛先生米寿祝OBOG会

先週末に 出江寛先生の米寿をお祝いするOBOG会が催されました。

事務所に集合・受付とあって早めに伺います。久しぶりに訪れた事務所にはびっくり!大通りから一本中に入った事務所は、私が勤めていました当時には木造二階建ての和風民家が隣にも向かいにも建ち並び、お琴や長唄のお稽古も漏れ聞こえてきたような雰囲気でしたのが、ものの見事に辺り一面建物が撤去されて青空駐車場に・・・。遠くからでも一目で事務所の建物が目につく見通しのよさに時の流れを感じずにはいられません。

出江先生も随分と早くにお見えになり、一通りの挨拶もそこそこに先生が語り始め、話すほどに熱を帯び、先生独自の建築哲学から、京都の町への思い、そして人としての生き方に至るまで、ご高齢を露とも感じさせぬ独演会。かつて何度もお聞きしたこともまた、今の自分の日常ではすっかり顧みていないことであるなぁと、襟を正して伺います。「沈黙」の象徴としての「壁」の大切さ や 住み手の生き様を体現すべき床柱 の話しなどなど、心に刻んでおきたい事ばかりです。

さて、場所を移してお食事の席になってからはお酒も入り、和やかな会に。
釣りがお好きで自称漁師の先生も流石に磯に通うことを控えていらっしゃる昨今は、ベランダに集まる雀を相手にあの手この手、相手がお魚さんから雀に変わっても生き物相手の知恵比べには余念がないご様子です。
そして宴もたけなわ、幹事の方がたいそう工夫して手配した記念のお品を先生にお渡しすれば、先生からも執筆中の原稿の写しを出席者一人一人に配布して頂きました。先生に署名も頂いたその写しは大切に読み返していきたいと思います。

どうぞ先生にはまだまだお元気にして頂いて、次は卒寿のお祝いをさせて頂きたいと願っています。

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《記念品の松の盆栽 その鉢はコンクリート打ち放し表現で なんと 北摂の家や逆瀬台の家を彷彿させる腰リブ付き!》
  1. 2019/05/27(月) 18:35:17
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