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木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢 が  見たこと 聴いたこと 感じたこと

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「山本忠司展―風土に根ざし、地域を育む建築を求めて」

京都工芸繊維大学美術工芸資料館で開催中の
「山本忠司展―風土に根ざし、地域を育む建築を求めて」
にこの週末出掛けてきました。
土曜日は好天で 予想最高気温が30度!
そんな京都に出向くのは気が重かったのですが、気持ちを切り替えて・・・
午後からのシンポジウムに備えて午前中に展覧会を拝見しようと早めに出掛けますと、ちょうどパネラーの和泉正敏氏がお見えになったタイミングで、松隈洋・木村博昭両先生が和泉氏を案内して展覧会場をひと巡りするのにちゃっかり便乗、図面や模型を前に和泉氏が語られるいろいろなエピソードをお聴きすることが出来て、まさしく 「早起きは三文の徳」、wormをちゃっかりゲットしたearly birdの気分でした。
オマケでついて回る得体のしれないワタクシにも和泉氏は穏やかに丁寧に接してくださり、「懐の深さ」 と言いますか、「実るほど頭を垂れる稲穂」 を絵に描いたようなお方でした。

山本忠司・・・学生時代からその名前は頭に刻まれ雑誌などで代表作の 「瀬戸内海歴史民俗資料館」 は眼にしていましたが、残念ながら実物は拝見したことがありません。かつて20代の頃勤務時代に高松には仕事で度々出掛けていまして、当地の人は建築関連の話題となりますと二言目には、いや一言目から 「金子知事 山本忠司」 そして 「イサムノグチ 和泉正敏」 と口にされていました。案内してもらっておくのでした・・・
瀬戸内海歴史民俗資料館 の他に 展示で初めて知った 喫茶 「城の眼」 何とも居心地のよさそうで薫り高い空間 あのような場で美味しい珈琲と良い音の音楽に浸ってみたいものです。
午後からのシンポジウム
和泉正敏氏は口数も少なく朴訥とした語り。本人曰く、何億年何十億年という存在の石と向き合う日々であり、人と対話するような時間があったら石と対話したい・・・と。相手にしている時間の長さ深さがもう超越しています。
そして終幕で司会の松隈先生が会場に来られていた浅田彰氏をいきなり指名されて感想を求められたのですが、(少し後ろの席にいました私はその時浅田氏は配布された冊子をパラパラとめくっていてまさに不意打ちであるのを目の当たりにしていました) しかしまあ浅田氏の凄いこと!ご自身と香川の建築の縁に始まり、次第に熱を帯びてモダニズムの解釈についても一刀両断、モダニズムとは本来が重層的なものであり、薄っぺらな均質なものではない と。山本忠司はモダニズムから風土・地域性に回帰したのではなく、香川の山本や愛媛の松村正恒らこそが純粋なモダニズムではないか、そして最後にはちゃんと和泉氏にお話しが繋がっての見事な話しの締めくくり、いやはや本日の一日は最後のこの発言に凝縮されました。

yamamototadashi.jpg

「山本忠司展―風土に根ざし、地域を育む建築を求めて」公式サイト
http://www.museum.kit.ac.jp/20180322.html
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  1. 2018/04/23(月) 13:41:03

知多半島半田 町巡り

先の記事の 名古屋丸栄百貨店 を訪れた翌日 知多半島の半田を巡りました
同じ愛知県尾張地方でも 一宮市で育ちました私には半田は縁遠いところ 子供の頃には知多半島へ海水浴に連れて行ってもらいはしましたが 半田には行ったことがなく 今回が初めてでした
運河と蔵 そして 古い民家の町並み
魅力的な街の風情にびっくり 知らなかった!

名鉄知多半田駅で降り立って東へ
JR半田駅を越しますとそこには現存最古の跨線橋 そして駅前には最後に豊武線を走ったというSLの保存展示

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明治43年に設置された全国で最も古い跨線橋

そこを抜けると蔵と運河の風情ある町並みに その運河に面して 「ミツカンミュージアム」 は建っていました
エントランスの古い商家に蔵をイメージした現代建築が接続する中庭を囲む回遊式の企業ミュージアム
何も知らずに訪れたのですが とても充実した体験型ミュージアムで 存分に楽しめました
建築も素晴らしい
外観は蔵を模しながらも現代的な洗練されたデザインで 内部も今のご時世では段差の多い動線にはいろいろとご意見もあろうとは思いますが 起伏にとんだ回遊式の展示動線は変化に満ちて来場者を飽きさせず 運河を見せるピクチャーウインドウや 床・天井の仕上げなど 展示内容とともに建築も見応え充分
後で調べてみますと企画・展示計画が電通で 建築設計はNTTファシリティーズ そしてアートディレクションが佐藤 卓氏 なるほど!

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運河に面した蔵造りの建物群の風情
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ミュージアムのメインエントランス
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ミツカンミュージアムを後にして 「小栗家住宅」の前を通り 「半六庭園」へ
そこに建つ「旧中埜半六邸」で昼食 明治22年築の屋敷と庭園とが整備されて一般公開されています
この 中埜家 というのがミツカンを始め半田を支えたのですね
残念ながら 小栗家住宅は内部を見ることが出来ず 旧中埜半六邸・庭園にはあまり感じることなく 食後隣の 中埜酒造「国盛 酒の文化館」へ
昔の蔵を活用した 酒つくりの展示館
一通りのガイドツアーのあと 徒歩ツアーの私には利き酒体験!
アルコール度の高い生酒から ノンアルコールの甘酒まで 6-7種類のお酒を味わって もう私はすっかりこのミュージアムが好きになってしまいました・・・

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運河に面した町並み
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小栗家住宅
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旧中埜半六邸の座敷床の間 厳格!
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国盛 酒の文化館

よい気分で 酒の文化館を後にして 「旧中埜家住宅」へ
中埜半六の別邸です 旧中埜半六邸が和風住宅であるのに対し こちらは明治時代末期の洋風建築で 国の重要文化財指定を受けています
設計は鈴木禎次 明治44年の建物です
ハーフティンバーの壁面・変化に富んだ屋根など、多彩な外観の中央部 バルコニーの意匠が繊細でとても可愛らしい
残念ながら内部は非公開でしたが 窓からのぞき込んでみますと 順路を示す標識やスリッパなどが見られ 公開の折もあるのでしょうね

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旧中埜家住宅 外観
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バルコニーの意匠

ここに至る途中に街区ひと区画まるまるのとてつもないお屋敷?があって いったい何?と地図検索をかけてみますと「中埜産業」とあります
とことん 中埜 の町なのだ・・・

そして最後に 現在は「半田赤レンガ建物」という名称で一般公開されています 木骨煉瓦造の建物へ
中野から中埜に名を変え 丸勘からミツカンへと変えた四代中埜又左衛門がビール業界に打って出たカブトビールの製造工場
日本では珍しい これでもかっ!というくらいに斜材がいっぱい入った木骨煉瓦造の建築です
明治31年竣工の建物で 設計は妻木頼黄
工場内を低温で保つための建築的工夫などがわかりやすく展示説明され また 外壁になまなましく残る第二次大戦中の機銃掃射の跡など 歴史の証人としての顔も持ち合わせた建物です
もちろん ビールの製造や その多彩多才な広告宣伝・販売戦略などについての展示も充実 楽しめます
かつて 修復整備前の写真を見た時には こんな建物が愛知にあるのか! とびっくりしたことがありました
商業施設としてよみがえった本日の姿には いささか電飾が賑やかすぎて違和感も覚えましたが よくぞ残されたものです
耐震改修も含めた修復設計・工事の概略も展示されていまして 興味深く拝見しました

20180205handa010.jpg
半田赤レンガ建物 外観
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外壁に残る機銃掃射の跡 この建物は戦時中 中島飛行機製作所の施設であったそうです
20180205handa011.jpg
レンガ5層の断熱壁 直近のプレートがその解説ではなく 傘立ての案内なのはご愛敬

半田赤レンガ建物内の壁に額に収められて飾られていた この建物の写真
建物に正対してすみずみまでくっきりきっちりと写し取られた建築写真です
「寄贈 村井**」と表示されていました
そう 半田は 建築写真家 村井修先生のご出身地でもあります
先生の「記憶の風景」というモノクロの写真集には 昭和30年代の半田の風景も多数写し込まれています
同じ愛知県尾張地方出身ということで 先生にはいろいろと気にかけていただきました
もったいなくも ありがたいことでした
「記憶の風景」が出版された際には そのあとがきについて「ちょっと泣かせる文章でしょ」と気恥ずかしそうに語っていらっしゃった先生の口調を思い起こします
この写真は紛れもなく先生の趣きを伝えています
が 半田赤レンガ建物が保存修復成されたのが 平成26-27年にかけて
先生がお亡くなりになったのが 平成28年
写真には 「撮影 村井修」のクレジットの記載はありませんでしたが
先生がお撮りになったものか スタジオの方のものなのか・・・

一日かけての半田巡りでしたが パンフレットを見ますとまだまだ見どころがいっぱい
また改めて訪れたいと思います
本日の成果は以下の通り!

20180205handa013.jpg
左から
復刻大正カブトビール
復刻明治カブトビール 
国盛 酒の文化館 のラベルの 冬季限定 本醸造 しぼりたて生の原酒
ミツカン 純酒粕酢 三ツ判山吹

  1. 2018/02/24(土) 21:33:23

名古屋 丸栄百貨店

先頃 名古屋の丸栄百貨店を見学してまいりました
尾張で育った私は 子供の頃に名古屋へ連れていってもらうことは特別な出来事
そしてその行先は栄の オリエンタル中村(突然思い出された懐かしい名前!) や 丸栄 などのデパート
子供心には デパート は 夢の場所でした

もちろん建築として眺めたことなどあろうはずがなく 丸栄 は 壁面になにやらタイルで絵が描いてある というのみの記憶
建築の仕事に就くようになってその建築が 村野藤吾の設計で学会賞受賞作と知ってからも 特段の意識もなく わざわざ見に出掛けたこともありませんでした
その丸栄が 今年の6月で閉店し建物取壊し と知って かつて 心斎橋そごう を そこにあるのが当たり前すぎて建築として見に行くこともないままに取り壊されてしまったという轍を踏まぬように と出掛けた次第です

建物は三度にわたる増築を重ねて今の姿になっているそうです
子供の頃の印象に残る西面のタイル画の壁面は第二次の増築
大通りに面した格子状の外観はそれに先立つ第一次の増築の際のものだそうです
この 垂直と水平の格子の繰り返しと それを一部切り取って設けられた所々のアクセント
そして東面には格子の中に配された大きな壁面
そうした扱いがいかにも村野さんらしくて いいなぁ と見惚れます
格子の壁面と タイル画の壁面との交差部は 隅が切られた処理がなされており 見上げてみますと その三角形の天井部分には色とりどりの彩色
「丸栄百貨店」の突き出し看板の上部には これまた村野さんらしい 何ともユーモラスな印象のモニュメント

さすがに月日の流れを感じさせられる劣化も多く見られましたが 建築としての香りはぷんぷんと匂いたつ 滋味に満ちた建物でした

20180204maruei 001外観
20180204maruei 002北西角の隅切り部分のルーバー
20180204maruei 003西側壁面のタイル画
20180204maruei 004北西角の見上げ
20180204maruei 005東壁面の格子状の構成と
それを破る壁面
20180204maruei 006格子の切り取りの妙技
20180204maruei 007袖看板上のユーモラスな造形
格子切り取り部にはコーン状の
モニュメント
20180204maruei 008エレベーター扉の
東郷青児の画は各階共通
20180204maruei 009屋上への出入り口に残されていた扉の引手
まさに村野さんのマジック!
20180204maruei 010搬入口脇の業務用の門扉
20180204maruei 011子供の頃の夢の場所
屋上 は人一人いない
さびれたところと
なってしまっていました
20180204maruei 012子供心に不思議な想いで
眺めた鬼門の社は健在
20180204maruei 0131階エントランス壁面に
表示された学会賞の銘


  1. 2018/02/16(金) 06:15:09

古民家の防寒

今日も厳しい寒さです。
こちら箕面でも今朝は家々の屋根が白くなっていました。

新しい年が明けて早10日、この年末年始を故郷に帰られてゆっくりとした時間を過ごされた方も多いのではないでしょうか?
そして、その帰省先が絵にかいたような日本の住まいの方も・・・

都心の高気密高断熱の住まいから故郷の昔ながらの古民家に移りますと、えも言われぬ安堵感に浸る・・・
いえ、容赦なく襲い掛かる寒さに感慨に浸る間もない、というのが実情かもしれません。

地震に対する不安、暗さ とともに 寒さ もまた古民家の不満の筆頭です。

高温多湿の日本では「徒然草」にも書かれていますように、風通しの良い夏向きの住まいが基本とされてきました。
柱間を埋める壁はそれほどの厚みのない土壁であり、もちろん断熱材などは入っていません。おまけに土壁は時間の経過とともに縮んだり割れたりと、柱との間に隙間を生じてそこから冷たい空気が入り込みます。
引き戸が基本である窓も、昔ながらの木製の引違窓であればやはり隙間風を防ぐには不十分です。
地面からの湿気対策で風通しをよくしてあります床下も、当然ながら冬には寒風が吹きすさび、床板の隙間から風が入り込みます。
囲炉裏のある住まいでは、越し屋根の煙り出しからは雪も舞い込み・・・

古民家を長く住み継ぐためには防寒対策は欠かせず、リフォームの大きな柱となります。

床の改修では、現代の工事では荒板を張ることはまれで、下地合板を張った上に仕上げの床材を張りますので、隙間は生じにくくなります。もちろん断熱材の充填も欠かせません。床の段差の解消とともに断熱性も向上し、ライフスタイルに合った仕上げとすることができます。
天井の改修でも、断熱材の敷き詰めは造作のないことです。
それに対して壁の改修では、基本的には室内側に断熱材を挿入して再度壁を張って仕上げることとなります。当然ながらその分部屋は狭くなりますし、それまであらわしであった柱や梁などの木材は隠れてしまい、民家的な意匠が損なわれてしまいます。
けれども見方を変えれば、建てられた当時にはほとんど電気設備もなくコンセントも不足がちであったのが、新たに壁を起こすことで配線スペースが生じ、現代の多様な電化に対応できます。木製の窓は風情のあるものですが、気密性の高い二重ガラスの断熱アルミサッシュに交換した場合、壁厚が増せばサッシュの内側に紙障子を設けることが出来、意匠性の改善とともに、より高い断熱性も得ることが出来ます。
新たに設けた室内側の壁には、柱や梁が現れないことでかえってモダンな和空間へと変身するかもしれません。木材が隠れてのっぺりとした印象となってしまうことをどうしても避けたい場合には薄い木材を壁に張って、民家的な意匠を再構成することも可能です。

古民家の趣きと現代的な快適な生活とは、相反するものではなく共存すべきものであり、そうでなくては生活の器としての古民家を愛し住み続けていくことはできません。
故郷で寒さに凍えた皆さま、お住まいを見直してみませんか?

tottori 004
玄関部分 左手の壁は新たに起こした壁です。
梁やその上の束などの木材は意匠的に加えたものでもともとの骨組み材ではありません。
配線スペースも生まれることによってスポットライトを取り付けています。

tottori 011
外部デッキにつながる旧縁側部分。断熱材を加えて新たに仕上げ直した壁ですので柱などの木材は隠れています。
見せかけで付け足すこともここではしていません。
壁厚が増した分、室内側に摺り上げの紙障子を設けて断熱性を高めています。

obama01.jpg
右側の大きな窓のある壁は、新たに築いた壁です。

obama02.jpg
その上部、断熱材も仕込んだ壁は一面漆喰を塗り、柱や梁などは見せていません。
2階の床板を外して吹き抜けとした分、それまで床を支えていた木材がたくさん現しとなっていますので、
壁はスッキリさせようと意図したものです。
  1. 2018/01/11(木) 15:05:05

豊田 近江八幡 岐南

いつの間にかイチョウ並木の歩道に銀杏が転がる季節となりました。


今月初めに、豊田市美術館で開催されている 「奈良美智 for better or worse 展」 に行ってまいりました。
豊田市美術館は開館当時に来て以来、奈良人気で大変な混雑でした。
最初の展示室で、若き日に奈良さんをかたちつくった様々なもの -本・レコード・こけし等の品々- の展示があり、LPジャケットなどを見ると 「おお、ウチにもある!」 というものがいっぱい、年譜を見てみれば同い年なのでした。
時間をかけて奈良ワールドをたっぷり堪能・・・

20170903 toyota (4)

それにしても豊田市美術館、以前来た時には外壁と床の緑色のスレートの素材感と緻密なディテールに圧倒されて、そのほかの印象があまり残っていなかったのですが、以前は建築が目当てで来て、今回は展覧会がメインで訪れて、こういった建築だったのだ・・・と改めて知った次第。
建物の正面性というのが圧倒的で、フレームのゲートと壁でドーンと来館者を正面から受け止め、(と言いながら、駅から徒歩で参りますと正面ではなく裏から入ることになってしまうのでしたが・・・) けれども内部に入ると、崇高なエントランスホール というものはなく、あっさりと展示室に入る感じ。吹抜の階段ホールも以前の際は印象深かったように思うのですが、こうしてみるとあっさりしたもの。

そして展示室を巡れば、あちらへこちらへと かつ上下にも移動し、結構こまごまと大変だったのでした。
屋外に出て改めて建築を見てみますと、前庭も上下に立体的で上部は大きな水庭。ゲートをくぐった先のエントランスコート、そして美術館の方もテラスを挟んでメインの展示館と高橋節郎館が分離されて置かれ、さらに水庭の対面に茶室棟。これだけの豊かで様々な機能の屋外空間をつくりだすために美術館の建築自体は平面ではなく立体的な構成とならざるを得なかったのでしょう。
ここでは建築もさることながら、この屋外空間を谷口さんは造りたかったのか・・・と感じました。

20170903 toyota (1)
設計 谷口吉生 1995
20170903 toyota (2)

20170903 toyota (3)

美術館を後にし、トヨタ鞍ヶ池記念館へ。
足の便の悪いところなので (車で来ることが前提です、トヨタ車に乗ってきなさいと言わんばかりに・・・) 今回が初めて。
本数の少ないバスに結構な時間乗りました・・・
さすがにトヨタが管理運営しているだけあって、アプローチの立派な刈込の中に見え隠れする姿はとても良い雰囲気です。
建築は、まだバリヤフリーがさほど声高に叫ばれない時代ですね、床も天井もさまざまに起伏に富んでいます。建築的な要素もいろいろあちこちにに顔を出して、
「ああ、槇さんも若き日にはあれもこれもといろいろとやりたかったんだ!」
と思わされました。

20170903 toyotakuragaike (1)
設計 槇文彦 1974
20170903 toyotakuragaike (2)

20170903 toyotakuragaike (3)
こちらは同じ敷地内に移築修復されている 旧豊田喜一郎邸(設計 鈴木禎次 1933)
20170903 toyotakuragaike (4)

* * * * *

この豊田への道程では、近江八幡と岐南にも立ち寄りました。

今回の近江八幡はヴォーリズは素通りして、ラ・コリーナへ。
ホームページで休日の混雑ぶりを読んでいましたので平日に出掛けたのですが、それでも大変な人出!
子供ははしゃいで駆け回り、大人はあちこちにカメラを向ける。
言ってみれば、和菓子洋菓子の販売とレストラン・カフェのみなのに、人を惹きつけるのですね・・・
建築の力 というか「チカラ」という言葉は似合いません。
どこを見てもつい微笑んでしまう。

バス停で降りてまずはエントランスゲートのスケールに好感、手作り感満載!
アプローチを進み、メインの建物へ。
草屋根がここまで見事に実現されていることに驚き
そしてなんと云っても素晴らしく感じますのが、軒の低さ!
その軒先から滴り落ちる水滴(草屋根の保水のための水です)が陽光にキラキラ輝いて美しい。
内部に入れば、例の炭の天井。
トイレを覗けばドアハンドルからアクセサリーなどの金物類が、すべてサンダーで荒らし歪ませてあります。
事務所棟の屋根のもっこりしたシルエットもほほえましい。
建築もランドスケープも分け隔てなくまさに混然一体

それにしても水平垂直・直角の定規で製図されるもの や 工業製品のカチッとした精度 というものをとことん排しています。
この手作り感を達成するためには、小さな小屋ならいざ知らずこの規模では、設計するのも施工するのもさぞ大変だったことでしょう。
そして何よりも、この感覚を維持するための 維持管理の努力苦労 が偲ばれます。
それがあるからこそ、これだけ多くの人が惹きつけられるのでしょうね。

20170901 la_collina (01)
設計 藤森照信 2015~
20170901 la_collina (02)

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この近江八幡の後、岐阜で電車を降りて岐南町役場を見に。
2月の世田谷プレイスがあまりに素晴らしく、期待に胸を膨らませて向かいました。
けれども・・
屋根・庇の造形が特徴的で 長大な軒下 を創りだしています。
その軒先もとても薄く処理されています。
けれども訪れたこの日もとても暑く、午後の太陽は容赦なく軒下にも照り付け、軒下のベンチに座る人はもちろん皆無。
塔状の庁舎建築は ルーバーには特徴がありましたが内部の計画は非常にオーソドックスですし、複合機能を分棟にして一つの屋根でつなぐというのも、まあある手法・・・
昨今は都会ではお洒落とも感じさせるモルタル押さえなどではあります。
しかし、恐らくはコストがとても厳しかったのであろうことを感じさせる質素で単一な素材や即物的なディテールが、このような地方都市の建築では私にはどこか貧相で寒々しく感じてしまいました。
地方都市 → 屋根・軒下 → 寄り合い という連想にも・・・

20170901 ginan (1)
設計 kwhgアーキテクツ 2015
20170901 ginan (2)

20170901 ginan (3)

20170901 ginan (4)
  1. 2017/09/21(木) 17:41:25
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