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木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢 が  見たこと 聴いたこと 感じたこと

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寝台特急「日本海」と北海道建築巡り

話の成り行き上、本日3月16日17時47分 (「日本海」最終便の大阪発車時刻) までにこの記事を掲載しようと、書きなぐったままでとりあえずアップロードしました。丁度その時刻には建築の講演会を聴講しに出掛ける予定のため、投稿を3月16日17時47分にセットしての予約投稿。
その後写真を整理の上掲載し、適宜キャプションを付けました。

ということで・・・・

* * *


本日3月16日、今日を限りに大阪駅からはブルートレインは完全に姿を消します。
その前に名残を惜しんで、と正月に急行「きたぐに」に乗車してきましたが、今度は寝台特急 「日本海」 に乗ってまいりました。

3月5日夕刻のJR大阪駅10番線、ホームにはカメラを抱えたファンも随所に見られます。夕闇迫る中いよいよ入線、けれども発車まで間がなく車両の前で慌しく記念撮影して乗車、定刻どおり17:47に青森を目指して出発したのでした。

2012hokkaido_01.jpg10番線の案内表示
ちょっと文字が流れてしまいました
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nihonkai001.jpgnihonkai002.jpg

今回の乗車はB寝台の下段、とりあえず荷物を片付け寝台に腰を下ろし、慌しい乗車に汗もかき、ともかく喉が渇いてまずはビールで一息。揺れを楽しみながら車窓から眺める景色は、見慣れた沿線風景なのですけれどもそこはやはり趣きがあるように感じられます。
寝台上段に乗車の方もまた大きなカメラを抱えての乗車でしたので話しかけてみますと、同じくこの度のダイヤ改正で引退する 「新幹線300系」 で大阪まで来て、そして「日本海」で青森まで、ということなのでした!只者ではない、と思えば、なんとなんとこの方 (まだ若いのに) JR・私鉄含めて全線全駅制覇されていらっしゃる由・・・こんな時だけのにわか鉄ちゃんの私としてはただもうひれ伏すのみ、いやはや恐れ入りました。

さて、列車は湖西線から北陸線へと入り、仕事でいつも通う敦賀・福井も経てやがて金沢・富山へ。その頃にはJRロゴ入りの浴衣に着替えて照明を落とした車内でお酒を片手にのんびりぼんやりと時を過ごします。もう既に何時間かも乗っているのですけれど、この先もまだまだ続く・・・と思うと、とてもゆったりした気持ちになります。仕事で乗車する敦賀・福井までとは時間の感覚が、当たり前ですけれども異なります。富山も過ぎてからは寝台に横になり、背中で揺れを感じてそのままいつしか眠りの中へ・・・。

2012hokkaido_08.jpgもうすっかり夜も更けて・・・

翌朝はまだ暗いうちから起きました。眠るのが勿体なくて・・・。(眠るのが目的ならばホテルを取りますものね・・・) まだ暗い車窓、古びた駅舎の灯り、その灯りに浮かび上がる一面の雪景色・・・。すっかり景色が変わっています。
やがて秋田を過ぎて空も白み、白い世界が果てしなく拡がります。青森に入ると流石に雪深い。
多少の遅れで青森駅に到着、名残惜しくも下車。皆さん思い思いに記念写真を撮ったり、先頭車両の撮影に向かったり・・・そのヘッドマークをつけた牽引のディーゼルは早々に切り離されて引込み線へ、私はゆっくり拝む間もありませんでした。

2012hokkaido_03.jpg2012hokkaido_04.jpg


* * *


青森駅では駅のすぐ外にとても面白い建物が!前回来た時にはありませんでした。青森ねぶた博物館 「ワ・ラッセ」 赤茶色のスチールプレートで覆われた外観、そのプレートを所々ひねって開口を設けています。プレートに覆われた部分と建物との間には半屋外のポルティコ状の空間となっていて、いわゆる雁木の空間、雪国ならではのデザインです。時間の関係で中には入れませんでしたのは残念。一体誰の設計だろうと思って大阪に帰ってから調べてみると、 “Molo、d/dt Arch、Frank la Riviere Arichitects”! ビックリ! 関空のプロジェクトの際に少しの間一緒だったフランクさんだったの?頑張ってるなぁ・・・

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さて

青森からは海峡線で北海道へ。
今回の旅では、函館~旭川~札幌 と都市部を廻ったのみで、残念ながら “雄大な雪の北海道” に触れたという実感はそれほどありませんでした。
函館の洋館の数々、五稜郭の箱館奉行所、公立はこだて未来大学 (設計:山本理顕)、JR旭川駅 (設計:内藤廣)、JR岩見沢駅 (設計:西村浩)、北海道大学第二農場・農学部・総合博物館 などの建築を巡りましたが、なかでも札幌の 日本聖公会 札幌聖ミカエル教会 には深く深く感動。

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日本聖公会 札幌聖ミカエル教会、アントニン・レーモンドの設計による1960年竣工の木造の小さな教会です。

夢のように素晴らしい・・・

ここには全ての真実が詰まっているように感じます。
手元のレーモンドの作品集 (JA33号) にも掲載がない建物でした。帰阪して本で調べてみると、レーモンドはこの設計を無償で引き受け、従って現場監理も行えず、けれども当時施工を請け負った竹中工務店で担当された上遠野徹氏らの尽力でレーモンドの意図どおりに完成されたとの事。しかも驚くべき事にその姿のまま50余年間、愛されて美しく大切に使い続けてこられています。

祭壇への集中を導く斜めに配されたレンガ積みの壁、スリットからは光が差し込むことでしょう。(訪れた時は外部はすっぽり深く雪に埋もれておりました。) そのレンガ壁の上部を水平に引き締めるコンクリート製の臥梁。その上に直接載る小屋組みの丸太。レーモンド独特の丸太と半割丸太との組み合わせですが、ここでは屋根の勾配を途中で変えて、それが内部では素朴でダイナミックな表現となっています。祭壇では背後の納骨堂などの下屋の構造の丸太が貫通して三角形に組み合わさり、中心性を高めています。その祭壇正面の壁の板張り、その壁から浮かび上がる木製の十字架、どっしりとした足の木製の祭壇、床の洗い出し・・・全ての素材と構成が響き合い、そしてそれらに降り注ぐ光・・・。開口部のガラスの特徴的な丸や四角のデザインは、濃淡の和紙が直接貼られた素朴ながら美しいものでした。その窓に挟まれた素朴な木の入り口扉上部の木製サッシュの桟の一部の見込みを大きくして十字架をなしています。

こうして書くうちにも興奮がよみがえってなんだか饒舌な記述となってしまいましたが、現実の空間はとても寡黙で静謐なものです。
ああ、思い出しても素晴らしい・・・

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2012hokkaido_raymond007.jpg2012hokkaido_raymond011.jpg
丸太を組んだレーモンドならではの小屋組み側面 煉瓦積みの壁が雁行配置されています
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床は洗い出し仕上げ壁のスリット
2012hokkaido_raymond008.jpg小礼拝堂

これまでレーモンドの建築は実物を見たことがありませんでした。唯一は遠い昔学生の頃に見た高崎の群馬音楽センターのみ。井上邸や東京女子大学のチャペルなどは是非訪れてみたいと願いつつこれまでまだ果たしておらず・・・。
けれども今回のこの教会を見て、何はともあれ新発田を訪れなければ!ここには一連の木造の教会の発展された姿 カトリック新発田教会があるのです。
けれどもまあ、なんとも間の悪い・・・大阪から新発田を訪れるのであればそれこそ夜行急行 「きたぐに」 号がまさにうってつけですのに、その 「きたぐに」 号も今晩23:27発の列車を最後に引退とは・・・、これまで長い年月レーモンドも 「きたぐに」 も見過ごしてきた私が悪いのですけれど・・・。

* * *


その他 (で括るのは勿体なく申し訳ない建築ですけれど・・・)

公立はこだて未来大学 : 大空間の、まずはきりっと林立する柱に目を奪われました。このオープンスペースと丸見えの教員室・講義室、建築のシステムも凄いけれど大学の運営のシステムもまた凄い。
大空間の大学棟に対して迷路的な研究棟の空間的な面白さにより心惹かれました。
それにしても豊かな内部に対して、外観というものがない建物ですね。特にメインのエントランスの質素さにはびっくり、もの凄い割りきりと思います。
大学のキャンパスといいますと、時計塔などのシンボルがあり、また、棟と棟のあいだのちょっとした広場や木陰などがイメージされますけれども、ごらんの通りの雪深い函館、建物を一棟にまとめて、本来屋外の広場などもすべて内部に取り込んだ計画というものが理解できます。
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本当にただのハコですこれがメインエントランスとは!
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パーティションで区切って研究室をつくり出しています。ベッドなども上からは丸見え。奥の青いテント、そうしたい気持ちの人もいるでしょうね・・・ひな壇上の大空間の正面には函館山、この印象的な眺望は設計上のとても重要なものであったろうと思います。
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スチールのバーで三角形に組まれた格子がこの建物の構造サロンのような自由なミーティング/ゼミスペース
白い壁に直接マーカーペンで描くのも自由な思考を生み出しそうでいい感じ

JR岩見沢駅 : 本当に隅々まで行き届いたデザイン!連絡橋も美しい。でも本来の駅機能の空間はいささか手狭?改札周りは結構混雑していました。

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JR旭川駅 : 規模が大きい駅だけに凄くシステマチックに創られていました。ディテールも美しい。けれども内藤廣さんといえば屋根の架構のデザインをイメージしてしまうのですが、今回は柱のデザインがテーマなのか、屋根の構造はごくごく普通?といいますか、これも積雪荷重のせいなのでしょうけれど、結構うるさく感じてしまいました。

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2012hokkaido_JRasahikawa003.jpg2012hokkaido_JRasahikawa004.jpg

箱館奉行所 : 幕末~維新期にわずか7年のみ存在した建物が2010年に復元されたもの、その存在感ある屋根が特徴的ですが、その屋根瓦に眼を奪われました。中で解説のビデオを拝見しますと、越前瓦を用いて4色の色のものを焼いて混ぜ、当時の色むらを再現したとの事。古い建物の屋根瓦の微妙な色むらというものはとても味のあるものですが、現代では均一な製品になりすぎて常々困っているものですが、ここでもそのような工夫があったのですね。
ところで後日談なのですが、この北海道の旅から帰ったその翌日から土日月と敦賀に出掛け、住宅のイベントに参加していたのですが、そこに来場された年配の方、聞けば瓦屋さんとの事、もう少し突っ込んで伺っていると越前瓦の話しとなり、聞きながら 「あれれ・・・もしや?」 と思っていると、その方曰く「五稜郭の箱館奉行所の屋根瓦の8割方はウチで焼いた」・・・。なんと言うご縁、と思いました!けれどもその方はお住まいを建てる予定はございませんでした・・・残念ながら。

2012hokkaido_hakodateubugyosho001.jpg

北大キャンパス : 第二農場は冬季は内部の公開はされておらず、外観のみですが、板張りのひとつを取ってみても表情があります。建物の配置の妙もありますね。旭川で訪れた 「蔵囲夢」 という大正時代の煉瓦造の倉庫群を再生したギャラリー・レストランでも、配置の妙と煉瓦の壁の表情に見とれました。
それにしても北大総合博物館の充実振りには驚かされました。

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第二農場 牧牛舎 モデルバーン第二農場 穀物庫 収穫室 脱ふ室
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北大総合博物館(旧理学部本館 1929年 設計:北大営繕課長 萩原惇正)新しい北大交流プラザ「エルムの森」 洗練されたデザインでした


* * *


函館と札幌ではビジネスホテルに泊まったのですが、途中函館本線の比羅夫という駅では、駅としては無人駅なのですが、駅舎がそのまま宿として用いられていますので、話しの種にここで一泊。ここの駅待合室には 「しまたろう」 という猫がおりまして、まあよくもこんなにも愛想の良い、人懐っこい猫がいるものなのですね。ともかくすり寄ってくる、載ってくる・・・膝の上から肩の上から、ともかくニャーニャー鳴いてのお出迎え。
また、ここの宿のお風呂は駅のホームの上、片隅の小屋にあるのですが、丸太をくりぬいた野趣溢れる湯船。ウチの息子がご機嫌で延々風呂に入っておりますと、あまりの長風呂に心配になったのか、雪のホームを 「しまたろう」 が呼びに来ておりました。

2012hokkaido_05.jpg2012hokkaido_06.jpg
左側の建物が駅舎=そのまま旅の宿です
2階の宿泊室の窓はホームに面し、まさに究極の鉄っちゃん宿
お風呂に行くのもホームからですしね!
比羅夫駅の人気者 しまたろう 君


そんなこんなで旅も終わり。

往路は寝台特急という贅沢をしましたので、帰路は節約!
この3月1日から周航したばかりの Peach でひとっ飛び。ホントに安いですね。これなら気軽に北海道にも行けます。新千歳空港ではちゃんとボーディングブリッジを利用しての搭乗、けれども機内の通路や座席が狭いためか、あるいは皆さん節約で荷物を預けず機内持ち込みが多くてその収納に手間取っているのか、搭乗には思いのほか時間がかかり離陸には若干の遅れ。飛行機は新品で革張りのシートなども気持ちの良いものでしたが、噂に違わず、前後はもう本当に狭い!大きくもない私がきちんと行儀よく座っても膝が前のシートに当たります。安定飛行に移りますとリクライニングOKのアナウンスも流れましたが、このシート間隔でリクライニングというのはありえません。私の目の届く範囲でリクライニングされた乗客ももちろんいらっしゃいませんでした。
機内では大阪着後の南海電車の切符が一割引で販売されていた事にもビックリ!いろいろと工夫されているのですね・・・。客室乗務員の女性の方々も切符の販売やら飲食品の販売やら一人何役もので大忙し。私も帰阪後は南海で帰る予定でしたので、しっかり購入。
それにしても Peach は関空に降りるのですが、着陸料節約の為旅客ターミナルビルは一切使わず。かつてこの旅客ターミナルビルの設計に係わりながら、またしても今回も利用することなく終わってしまいました・・・

2012hokkaido_07.jpg新千歳空港で離陸前の Peach 108便


* * *

最近の恒例?
やはり多くは写真を撮る前になくなってしまいまして・・・
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函館駅にて 「函館の大地」旭川駅新築開業記念ラベル
「川のある駅あさひかわ」
2012hokkaido_sake03.jpg2012hokkaido_sake04.jpg
南千歳駅にて 「千歳鶴」サッポロ 「クラシックビール」


* * *


関連リンク

寝台特急「日本海」ラストラン
読売新聞記事
読売新聞動画

青森ねぶた博物館 「ワ・ラッセ」 http://www.nebuta.jp/warasse/index.html

日本聖公会 札幌聖ミカエル教会 http://nskk.org/hokkaido/michaels/main.htm

箱館奉行所 http://www.hakodate-bugyosho.jp/

北海道大学
総合博物館 http://www.museum.hokudai.ac.jp/
第二農場 http://www.agr.hokudai.ac.jp/mdlbarn/
       http://museum-sv.museum.hokudai.ac.jp/exhibition/modelbarn/

駅の宿 ひらふ http://hirafu-eki.com/
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  1. 2012/03/16(金) 17:47:00

若狭熊川宿を歩く

先頃、といっても少々経ちましたが、仕事で小浜を訪れた際のこと、近郊の熊川宿を散策してまいりました。

鯖街道に沿った宿場町、街道には片側を水路が流れ、平入と妻入りの住居が混在して建ち並び、重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けた地区です。
平入の住居は2階部分には袖うだつが設けられ、1階部分も下屋庇の両側を袖壁で囲い込んでいます。その外部側は板張りとして風雨から保護し、内側は塗り壁としている例が多く見られます。
妻入りの住まいでも同様に1階部分には下屋庇と袖壁が設けられ、2階妻部分に露出した母屋にはひとつひとつ木口保護の板が取り付けられ、妻壁に一つうがかれた窓と共に魅力的な外観を造りだしています。
外部に張られた板は弁柄で塗られた建物が多く、風雨にくすんで味わい深い艶やかさを醸し出しています。

山の中の、時間も暑さも忘れる佳き佇まいの集落です。

kumagawasyuku(0).jpg kumagawasyuku (11)
家々には水路への石段が設けられています。川と共にある生活が伺えます。
kumagawasyuku (2)kumagawasyuku (3)
半数くらいの建物は伝統保存民家の改修済みとのことです。この住まいも鉄筋コンクリート製の基礎が新たに設けられ、傷んだ柱脚更新の根継ぎ跡が見られます。
kumagawasyuku (4)改修なって弁柄も新しい住居
袖うだつや1階の両袖壁の外部側のみが板張りとなっています
kumagawasyuku (5)妻入りの住宅の住宅の何ともいえない愛嬌ある佇まいに見惚れました。
kumagawasyuku (6)kumagawasyuku (7)
美しい側面の板張りの外壁、足元基礎にはびっしりと丸石が差されていました。
kumagawasyuku (8)kumagawasyuku (10)
この住まいの隣は、折りしも改修工事の真っ最中。骨組みとなった建物はジャッキで持ち上げられ、鉄筋コンクリート基礎の打設中でした。

  1. 2011/09/05(月) 18:02:09

能登~富山へ

先の連休に仕事で福井へ出掛けた折に、少し足を延ばして能登半島~富山を巡ってきました。

金沢から七尾線・のと鉄道で半島を北へ進みます。陽光に穏やかな海と入り江に沿った集落が美しいのですが、つい、 “この海が時として牙を剥き、一瞬にしてこの風景を変えてしまうのか・・・” と考えてしまいます。

家々は釉薬のかかった黒い瓦を戴き、板張りの壁、大きな切妻の漆喰塗りの妻壁に水平垂直に細かく現しとなった小屋組みが目を惹きます。
(「アズマダチ」というそうです。富山県のウエブサイトによれば、「アズマダチ住宅は、正面玄関側が大きな屋根の切妻造りで白色漆喰に格子状の柱が入った概観デザインを成し、主に天井部には太い梁が交差する枠の内工法で建てられています。砺波平野など呉西地区中心に3千軒以上あります。」とのことでした。 築年数の浅い新しい住宅でも美しく踏襲されていました。)

途中で降りた、のと中島駅の木造駅舎、その玄関キャノピーを支える柱と柱脚。大小の石を組み合わせた模様積みではなく、混入する骨材の違いによって色・風合いを異にした洗い出し仕上げで、美しく幾何学的なパターンを描いています。

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能登中島駅 木造の駅舎ですキャノピーを支える3本組みの柱の柱脚
豆砂利洗出しの美しい仕上げ
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郵便が鉄道で輸送されていた時代の名残
鉄道郵便車が保存されていました 日本で2台だけが残るそうです


駅近くの民家に立つ蔵も、漆喰と思われた白壁を含め、すべて洗い出し仕上げで、微妙な表情の違いを生み出していました。
海岸近くの環境が建物の外壁に洗い出しを選ばせ、年月にわたって左官の腕を磨かせたのでしょうか?窓廻りの漆喰細工などの多くは今では木製の出窓で覆われ保護されておりました。

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能登中島駅近くの民家の蔵一部の漆喰塗りをのぞき、豆砂利洗出しの骨材の違いで表情をつけています


富山への途中、木曽義仲で名高い倶利伽羅で下車。
何気ない民家に妙に目を惹き付けられ、ふらふらと見に出掛けました。近くにはとても立派なお寺も・・・。

kurikara001.jpg


富山では、低床のモダンなデザインの富山ライトレールに乗って岩瀬へ。回船問屋の建ち並ぶ美しい町並みが今もなお息づいています。
力強くも美しい軒裏の仕舞に眼を奪われます。深い軒先、垂木を支える出桁の受け木が水平にはね出すのではなく、屋根勾配に沿ってはね出され、その腕木ひとつひとつには分厚い板庇が載せられています。そのすぐ直上に軒天井があるにもかかわらず、です。
家々の、通りに面した出格子の側の板には、屋号やそれにちなんだ凝った意匠の透かし彫りが施され、職人の遊びごころを感じ、一軒一軒さがすのが楽しい。がっちりした造りとともに、このような小技が住まいをいっそう豊かで味わい深いものにしています。
内部を一般公開している北前船廻船問屋 森家にお邪魔。明治11年(1878年)の建築、重文指定を受けています。囲炉裏の切られたオイの吹抜には、縦横に三層に梁が組まれ、豪壮というよりも、カチッと精緻な印象、飛騨高山の吉島家の美しい小屋組みに通じるものを感じました。富山と高山とは地理的にも遠くはありませんし・・・、と思いましたが、森家は京都の東本願寺を普請した棟梁が呼ばれ、3年の歳月と各地の銘建材を用いて建てられたものだそうで、と言うことは特にこの地方独特の棟梁の技、という訳でもないのでしょうか? (ちなみに一方の吉島家は森家より約30年後の明治40年(1907) 飛弾高山の名工 西田伊三郎の手によるものです。)

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岩瀬の町並み 奥の囲いのある住宅が森家 さらにその奥が馬場家

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森家の囲炉裏のあるオイ馬場家の玄関


この記事に掲載の写真は全てお粗末な携帯写真ですので、もう少し見やすいものを・・・
森家の写真は http://visit-toyama.com/jp/entry.php?nid=48
吉島家の美しい写真は http://www.flickr.com/photos/76223770@N00/3321902125/in/set-72157624919182599/


ところで、木造の旧駅舎が保存された東岩瀬でライトレールを降りて、旧北国街道の岩瀬地区へ向かう道筋、案内看板を見て、「ほぅ・・・!」日本語・英語の他にロシア語の表記があるのですね!日本海に面したお国柄、を感じます。

iwase004.jpgiwase005.jpg
岩瀬の案内板 ロシア語表記があります東岩瀬の駅 奥が保存された旧富山港線時代の木造駅舎 手前のホームが富山ライトレールのもの 低床の加減がよく分かります


* * * * *

最後に旅の友 三題
もちろん3つで済んだわけではありませんが・・・
他は写真を撮る前になくなりました・・・失礼

noto_sake 001noto_sake 003noto_sake 002
のと鉄道車内にて
のと鉄道がプリントされた谷泉
岩瀬の酒 ますいずみ
森家土蔵を改修したお店で買い求め、旧駅舎と斬新なライトレールを見ながらチビリ
照明の落ちた夜の富山駅にて
ホームのベンチで立山を
  1. 2011/03/26(土) 22:20:06

小浜 再々

小浜に出掛けては、「何食べた」の報告ばかりで能のないことですが・・・。
昨日は「へしこ」!これがまた実に美味しい!
「へしこ」とは若狭地方で江戸時代中期頃から始まった越冬食品としての魚の糠漬けで、代表的なものが「さばのへしこ」。「圧し込む(へしこむ)雑魚」=「圧魚(へしこ)」という由来だそうです。
かなり塩が効いた濃い味で、一切れで随分とご飯も、そして何よりお酒も進みそう。お茶漬けとも相性バッチリ!仕事前の、ノンアルコールの時間でしたのが勿体ない!
それにしても若狭には美味しいものが揃っていますね。

heshiko01.jpgheshiko02.jpg

肝心のオシゴトの方、明治初期の古いお住まいに手を加える提案が出来ないか、と拝見しに伺ったのですけれど、昔の日本の住まいというものは、実に骨太であるいは繊細で、美しいものですね。日本全国何処を訪れても惚れ惚れとします。その地方地方ではもちろん名のある大工棟梁が手掛けられたのでしょうけれど、しかし、現代のように建築家として、あるいは名工として名を残しているわけでもなく、やはり “名もない草の根の” 職人達に分類される人々の残したこれらの建物。おそらくは昭和中期頃までの日本全国の、その職人のレベル・平均値というものが、いかに高かったものか、と思い知らされます。
現代の私達のつくる建物が、それらの建築と同じくらいの永きに渡って住まい継がれていってもらえるものか?仮に年数が経ったとして、100年後の人々が見て、心に訴えるだけのものであるのだろうか?
古い建物を拝見するたびに、頭を垂れることしきりです・・・。
  1. 2010/07/19(月) 13:45:28

小浜見聞録

サッカーワールドカップ ジャパンは残念でした!
PK戦なんて、どちらに転んでもおかしくない。
それにしても今日までの4戦、よく闘いましたね!

* * *

さて・・・
一昨日の月曜日、再び小浜にお邪魔してきました。

1)屋根緑化!
十年前に解体修理がなされた、という茅葺きの古刹、飯盛寺。
しかし、よほど生育条件に恵まれたのか、お見事!
芝棟、というものが民家の屋根にはあって愛らしく美しいのでありますが、これはいささか逞しい・・・。
すっかり畑ですね、これは・・・
流石に檀家の方々は早々の葺き替えに向けてのご苦労も一方ならぬご様子・・・。
実はこのお寺の檀家の方のお住まいのご相談に伺っていますのですが、そのお住まいは湖北地方に特徴的な叉首組みのお住まい、もちろん茅葺(鋼板瓦で覆われていますが)。しかしその茅葺を何とか改めたいとのご希望、ムカデの棲息のお話を聞いたり、このお寺の屋根を見ますと、お気持ちがわからなくもなくて・・・。
茅葺民家に想いを寄せるわたくしとしては、少々複雑・・・

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ところで蛇足ながら「飯盛」という地名、読みを教えて頂いたのですが・・・
お寺の 「飯盛寺」 は 「はんじょうじ」
その寺のある 「飯盛山」 は 「いいもりやま」
辺り一帯の住所 「飯盛」 は 「はんせい」
なのだそうで、土地の人でなければ正しく読めませんよね。
私はすべて 「いいもり」と思っていました。
ああ、むつかしい・・・

2)山門前線路
小浜には袖うだつが特徴的な古い民家が多く残り、重要伝統的建造物群保存地区の指定も受けています。その一角を散策し、町角で地元の方とちょっとおしゃべり。そしてそのおばちゃまのオススメの常高寺というお寺へ。
浅井長政とお市の方の次女・お初の菩提寺なのだそうです。参道の石段が真っ直ぐ伸びたその先に山門が・・・
いやその参道と山門の間をなんと一本の鉄路が!
なんと旧来の参道と山門との間を小浜線の電車が走り抜けるのでした!
安全の為か、はたまた、この珍しい光景を写真に納めたい撮り鉄の方々へのサーヴィスか?石段には山門前の通過時刻表が掲げてありました。
折りしも丁度目の前を電車が駆け抜け、大慌てでパチリ!

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3)鯖
若狭といえば鯖街道。
お昼には焼鯖定食を若狭塗箸で頂きまして、これがまた、脂がのって実においしい!!!

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  1. 2010/06/30(水) 19:05:50
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