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木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢 が  見たこと 聴いたこと 感じたこと

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「SWITCHインタビュー 達人達 蝶野正洋×大西順子」

NHK Eテレ 「SWITCHインタビュー 達人達(たち)」を見ました
2018年06月09日放映 「蝶野正洋×大西順子」
大西さんが大のプロレスファンだったなんて・・・知らなかった!

番組では大西さんが活動停止や引退宣言などについて語る部分もあり 興味深く拝聴
草食系ジャズ とか サーカス的なもの への否定的な言葉にウンウンとうなずきながら見ました
まだまださ迷いながらで いつまた活動停止するかも・・・ などとも仰っていましたが
でも昨年の二枚のアルバムや先の高槻での演奏を目の当たりにしますと霧が晴れて視界明瞭と感じています

番組内で私が特に印象深く聴いた大西語録
多少重複気味ですが・・・

・「動」の部分をひけらかすのが嫌

・全然動いていないかのようにして実は動いている
 無駄はいらない
 でも凄いことをやっている 凄い音が出ている
 はたから見るとただ座っているだけに見える

・本当に必要な音を必要なだけ弾く

・本当のレジェンドが生きている時代に遭遇出来て 一緒に演奏で来た
 その時に見てしまったものは 一生自分の中からは消えない

・見てしまったものは消えない そこだけは忘れずに生きていく

ひとつひとつがとても意味深く
わが身にも照らし合わせて何度も噛んでいます
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  1. 2018/06/10(日) 19:07:43

「アンチゴーヌ」 と 「アンティゴネ」

先に観劇していたく感激しました舞台 「アンチゴーヌ」
その脚本を読みました
今回の舞台のための岩切 正一郎さんによる新訳は (まだ?) 出版されておらず 図書館にありました

アンチゴーヌ アヌイ名作集
「アンチゴーヌ アヌイ名作集」 アヌイ/著 芥川比呂志/訳 白水社

版です 加えて 原作の

アンティゴネ ソポクレス
「アンティゴネ」 ソポクレス/著 福田恒存/訳 新潮文庫

と 同じく改作の

アンティゴネ ブレヒト
「アンティゴネ ソフォクレス原作・ヘルダーリン訳による舞台用改作」
ブレヒト/著 谷川道子/訳 光文社古典新訳文庫

を手に取りました
それぞれに面白く また 二つの改作はともに第二次世界大戦を経て
一方は ナチスドイツ占領下の1944年のパリにてフランス人作家により
他方は ドイツ側 といっても戦時中はアメリカに亡命しており 戦後東独ベルリンにてドイツ人によって1947年に書かれた という
その反映もまた興味深いものでした
それら3作は 細かなところまで含めればかなり異なるところがありますが
大きな点では アンチゴーヌをとりまく主要な登場人物の造形がまったく異なり それがアンチゴーヌの造形や物語の意図をそれぞれに形作っています

■王クレオン の人物像

ソポクレス原作ではゆるぎない国王 迷いのない絶対的な支配者 です
みずからの裁きを疑うことはありません
けれどもまた 自らを超えた 神 の裁きには従う人物です
そして 結末では神に逆らった報いとして 神によって不幸へと導かれていきます

ブレヒト改作では暴君・侵略者として描かれ ナチスドイツ=ヒトラーが重ねられています
そして 他の二作では敵を退けてテバイ (テーベ) の存続・繁栄は保たれていますが
この改作の結末では テバイは侵略戦争に敗れ 王とともに国も亡びることが暗示されています

それに対してアヌイ改作では
クレオンもまた一人の人間であり 支配者であるとともに人間としての悩み・葛藤も持ち合わせています
「そもそも王などにはなりたくはなかった」人物です
「音楽を愛し、美しい装丁の本を愛し、テーベの町の小さな骨董屋をひやかしながらの長いそぞろ歩きを愛していた」 人です
権力 というものにも魅かれず 王の支配もまた 労働 として描かれる
「仕事にとりかかろうとする労働者」 であり 結末では「みんなはけがらわしい仕事だというが、もし私がそれをやらなかったら、いったい誰がするのだね。」
と アンチゴーヌとともに息子エモンと妃ユーリディスとを失ったのち 悲しみのなかでもまた 王としての日常=閣議にとぼとぼと戻っていきます
人生の苦悩を知る孤独な国王であり
ちいさなアンチゴーヌ が大きく 大きな国王が卑小に描かれています

■アンチゴーヌの二人の兄の性格と死の経緯

オイディプスが王位を去った後 その二人の息子が一年交代で国を治めることとなりましたが 兄が一年を経ても弟に支配を譲らず 追放された弟が報復の軍を率いて攻め入り 兄弟が相まみえてともに果てた というのがソポクレスの原作です
これが アンティゴネの物語りの発端となっていきます
国を守るために戦い戦死した兄は丁重に葬られ 祖国に弓を引いた弟の屍は野にさらされます

それに対してブレヒト改作では 二人の兄はともに侵略戦争の犠牲者として描かれています
ナチスドイツが鮮明に反映されています
侵略者クレオン王の命で侵略戦争の戦地に送られた二人は 長兄は戦死し それを見た次兄は戦争への恐れと嫌気からの逃走の末捕らえられ 王クレオンによって刺殺されます
軍人として祖国のために戦い戦死した兄は葬られ 逃亡兵である弟の遺体は打ち捨てられます

アヌイ改作ではソポクレス原作の設定をそのまま引き継いでいます
ところが アヌイは二人の兄にとんでもない性格を与えました
いずれもとうてい君主には値しない 「二人のごろつき」 「手のつけられない道楽者」 「二心を持った放蕩息子」であり
二人がそれぞれに父王を暗殺し国を売ることをたくんでいたのです
そのような二人を たまたまクレオンが統治の必要上 「二人の中の一人を英雄に祀り上げる必要を感じた」 だけであったのです
しかも 丁重に葬られた長兄の亡骸 と 野にさらされた次兄の亡骸 とは 実は
「見分けがつかなかった」 「二つの死骸のうちまだしも損なわれていないほうを収容させて国葬に付し もう一つをその場所で腐ってゆくのに任せるように命令した どちらがどちらだかこの私にも分からない そして私にとってはどちらでも同じことなのだよ」
「こんな情けない物語」 とすることで 次兄の亡骸を弔うというアンチゴーヌの命を賭した美しい行為の意味をものの見事にはぎ取ってしまいました

■アンチゴーヌの姉 (妹) イスメーヌ
イスメーヌ (イスメネ) は ソポクレスの原作でもブレヒト改作でも アンティゴネの妹とされています
アンチィゴネは 道理を妹に諭す毅然とした姉であり イスメネは臆病な妹です
それに対してアヌイ改作では姉となっています
世の常識・世渡りの知恵を身に着けた姉に対して 気持ちの純粋さをたもっている妹アンチゴーヌです


そして 原作ではもっとも主要な登場人物(?)である
■神 の存在/不在
の問題があります

ソポクレス原作 「アンティゴネ」 においては 神の存在が絶対的です
王クレオンは 神の裁きには従い 劇の結末にてアンチィゴネを救おうと試みます
あくまで神に逆らった行いを正すため 神の怒りを避けるためです
そして アンティゴネもまた 兄の亡骸を弔おうとするのは 王である人間の定めた掟よりも その上位に位置する神の掟に忠実であろうとしたからでした
クレオンもアンティゴネもいずれも神の意志の上で行動しているという点では同じようなものかもしれません

それに対して改作では神はいなくなり あくまで人間の物語りとして描かれています

このようにさまざまな手が加えられて
ソポクレスの 「アンティゴネ」 は アヌイの 「アンチゴーヌ」 となりました
そしてあの息詰まる アンチゴーヌとクレオンとの二人によるセリフの応酬が胸に迫ってくる物語となりました
神の御心 では片付かない 人間ならではの いずれの立場をも絶対とはみなせない葛藤の物語りであるからこそ
観客もまた物語りに引き込まれ 思い悩む一人となります

それぞれの脚本を読んで ようやくみえてくることが多くあります
このうえで出来ればもう一度舞台を観たい と願えどももちろんすでに公演は全日程終了

けれども幸いNHK-BSプレミアムステージにて4月に放映される予定です
ストーリー・演技とともに あの特殊な十字形の舞台をどのように切り取っているのか カメラワークもまたとても楽しみです
  1. 2018/03/11(日) 14:19:27

小曽根真 & 児玉桃 ピアノ・デュオ

とても とてもよかったので
連日ですが この際恥ずかしついでに

今日3月3日は桃の節句
ということにはまったく関係ありませんが
児玉桃 さんと 小曽根真 さんのピアノを聴いてまいりました
川西能勢口のみつなかホール
「小曽根真 & 児玉桃 ピアノ・デュオ」

第一部
児玉桃さんのソロで幕あけ
ドビュッシーの美しい音色にもはやすっかり “桃”源郷
その余韻も冷めやらぬなか
続いて小曽根真さんのソロ
児玉さんの演奏を聴いて それにインスパイヤーされて創ったという即興のメモをもとに
「春」をテーマとしたインプロビゼーション
つづいてもう一曲 Jazzのスタンダードから
Spring is Here
小曽根さんのアレンジで始まった演奏は途中から
つい先頃お亡くなりになったお父さまの小曽根実さんのアレンジに変わっての演奏となったそうです

休憩の後の第二部
デュオ・プログラムとなって打楽器のお二方も加わり
バルトーク:2台のピアノと打楽器のためのソナタ

これが素晴らしくよかった!
バルトークって少々苦手な印象だったのですけれど こんなにもスリリングだったの!
四者のもの凄く緊密なジャズを聴いているみたいでした
そしてそれを醸し出したのが四者のステージ上の配置
客席を背にして2台のピアノが逆「ハ」の字型に並べられ その奥2台のピアノの間にパーカッション
下手のYAMAHAに小曽根さん 上手のSteinway & Sonsに児玉さん
奥のパーカッションは下手に大場章裕さん 上手に西岡まり子さん
客席からはピアニストの顔は見えず 背中を眺めるのみなのですが
その背中の動き 衣服の下に隠された筋肉の動き というものが感じられて
もの凄く演奏に集中して聴くことが出来ました
なにより 四人のアイコンタクトが客席からとてもよくわかって
演奏の緊密さにぐいぐいと引き込まれたのです

アンコールでは
バルトークがとてもよかったからと その第三楽章をテンポを変えて高速での再演奏
そしてもう一曲
チック・コリアがお父さまに捧げたという 「Armando's Rhumba」

とてもとてもいい演奏会でした

20180303ozone kodama
終演後にはやはりパンフレットにサインを頂きました
  1. 2018/03/03(土) 19:20:19

川上未映子×マームとジプシー 「みえるわ」 @味園ユニバース

連夜のお出掛けで恥ずかしいですが
昨晩の

川上未映子×マームとジプシー 「みえるわ」

いやはや 凄かった

20180301mieruwa.jpg

圧倒的な 言葉!言葉!言葉!

怒涛の如く降りそそぐ 詩の研ぎ澄まされた言葉の群れ

しかも
それらのすべてが たった一人の役者さんの口から語り尽される
詩と詩の合間もその役者さんは袖にもひかず
舞台上で意匠を着替え メイクを整え のどを潤し

舞台の上には
恐竜の骨のような流木
足踏みミシン
マネキン
木箱に入った眼科の眼鏡処方用のレンズ群

そして小屋は大阪 味園ユニバース
赤い壁の階段を下りて地下に潜る
昭和の夢の詰まった 異空間
ネオン管?の不思議なステージ背景
天井に浮かぶ 惑星のような色とりどりの球体
1970大阪万博を思い起こさせる仕掛けの数々
一歩外に出れば 猥雑な なんばの裏街

そこに
とめどもなく降りそそぐ大阪弁の詩句
突き刺さる先鋭的な音楽

この空間に
このパフォーマンス

まいりました

全国各地の公演もそれぞれに刺激に満ちてはいるのでしょうけれど
でもやはり この大阪公演でよかった

むかしむかし大学生~20代のころに足を踏み入れていたアングラ小屋を彷彿させる時間と空間
濃い とても 濃い 70分

前夜の公演では 終演後に川上未映子さんと藤田貴大さんによるアフタートークがあったのですが
三浦文彰さんのリサイタルがあってこの夜に・・・ 重なるものです 残念ながら
アフタートーク 聞きたかったです

  * * *

舞台の前後に
この 味園ビル を探検(?)
滝の周りを巡るスロープで2階に至れば
ビルの中には昭和のにおいぷんぷんの
アヤシイお店がぎっしり詰まった裏路地の風情

毎年秋に開催される「生きた建築ミュージアム」でも
この味園ユニバースのガイドツアーが催されていましたが
これまで参加が叶わず

昔から前はよく歩いてはいましたけれど
その怪しげな雰囲気になかなか足を踏み入れられず
ようやく昨晩が初体験

不可思議にして面白い異次元ビルでした

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味園ビル
1955
設計 志井銀次郎
(「生きた建築ミュージアム」公式ガイドブックより)

川上未映子×マームとジプシー 公式サイト http://mum-gypsy.com/news/4108
味園ユニバース 公式サイト http://universe.osaka/
  1. 2018/03/02(金) 12:53:28

弥生三月 三浦文彰

早いもので今日から弥生三月
あんなに寒かった日々もひと段落
今日は幾分和らいで春らしい朝です
そして春らしく風も強い・・・

朝事務所までの道すがら
早くも枝垂れの梅が咲きほこるさまを眼にし
歩道脇の植え込みには鮮やかな黄色の花
箕面川の川面にはつがいの鴨

僅かに一日の違い 如月 が 弥生 に変わったとたんに
なんだか急に世界が変わったような心地がいたします

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川面のゴミ(ビニル袋)が悲しい・・・

  * * *

ゆうべ 大阪いずみホールでの 三浦文彰さんのリサイタル
聴き惚れてきました
三浦さんはくつろいだ雰囲気で登場し 美しい音色を響かせます
ピアノのイタマール・ゴランさんももちろん単なる伴奏ではなく
まさしくヴァイオリンとピアノとの一対一の応酬で
けれども互いにも寄り添い
曲目も聴きごたえのあるプログラムでとてもよい夜でした

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このお二人を初めて聴いた苦い記憶
2011年7月6日のザ・シンフォニーホールでのリサイタル
前日夜遅くまで京都でお酒を飲んでいて睡眠不足
加えて席がたまたまなんとまあ最前列中央
朦朧とした心地で三浦さんの脚ばかりを眺めていて
ピシッと折り目の付いたスラックスだな・・・
ピカピカに磨かれた靴だな・・・
そんなことばかりが頭の中を巡っていた
情けない・・・

昨晩のいずみホールではちゃんとわきまえてステージからは距離を置いて中央横通路に面した席を確保
その頃からの成長のあかし?
観るにも聴くにも最善の席で堪能してまいりました

三浦さんはつい先日の兵庫県立芸術文化センターでの
「下野竜也×三浦文彰 ザ・スコットランド」 も楽しんだばかり
この時のプログラムもスコットランドゆかりの演目でとても良かった
そしてこの二人とあってアンコールが
「真田丸」メインテーマ
加えて 三浦さんも第一ヴァイオリンの席に加わってのもう一曲
「西郷どん」メインテーマ
充実した演奏会でした

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終演後はサイン会と撮影会
下野さんのはじける笑顔!
  1. 2018/03/01(木) 10:25:15
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