建築の眼 JAZZの耳 ; tetsuyakimura_weblog

木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢 が  見たこと 聴いたこと 感じたこと

「夏物語」 と 「まほろば」

川上未映子さんの 「夏物語」 を読みました。
文学界2019年3月号と4月号とにわたって掲載された長編です。
著者の芥川賞受賞作 「乳と卵」 と同様の設定から始まる物語 ということですが、「乳と卵」 を読みましたのも随分昔でさてどのようであったのか・・・、私の中ではシンクロせずにまったく新しい物語として読み進めました。
これが実に読み応えがあって・・・!

「AID」 - この物語を読むまではまったく見たことも聞いたことのない単語でした。
「artificial insemination by donors」 日本語では 「非配偶者間人工授精」 
第三者からの精子提供による人工授精を意味します。物語りは、この方法によって子を授かろうと考える単身女性を中心に、その姉と姪、離婚して一人で娘を育てる同業の友人、そしてAIDによって生まれた男女などが絡み合って進んでいきます。なぜ人は(女は)子を産み育てるのか? 子は望まれて、あるいは望んで生を受けるのか? 夫婦とは親子とは? 重い重いテーマであり、かつまた、子供を産む性でもない男の私には不可知不可侵な領域なのですが、ともかくぐいぐいと惹き込まれて読み進まされます。筆の力・・・物語りを紡ぐ作家の力というものは本当に凄いものですね。
単行本化前の作品ですので詳しいストーリーなどは控えますが、今夏に刊行予定とのこと、どうぞ皆さまご一読ください。

bungakukai201903.jpgbungakukai201904.jpg


たまたまそんな折に観てまいりましたお芝居 「まほろば」
蓬莱竜太さんの戯曲を新たな演出で上演したもので、男性は一人も登場せず長崎の旧家に集まる4世代6人の女性のみで展開するある家族の一日の物語。
「夏物語」 とはアプローチも全く異なるものですが、こちらもまた 妊娠=子を授かる ということが話しの中心に据えられ 女性の生き方 や 家という制度 が問われています。
ともすれば重くもなりがちなテーマが、笑いなどにも包まれて明るくも深くも考えさせられるあっという間の2時間でした。

201904mahoroba.jpg

 * * *

住宅を設計する立場からすれば、近世の住宅ののち 明治~大正期にはさまざまな住宅改良運動が展開し、家長中心の住まい あるいは接客中心の住まい から、家族中心の住まい そしてプライバシー重視により個室化して家族の希薄さが問題となるに至るまで、常に理想化された家族像と住まいのあり方とがセットで語られてきました。けれども、そのような理想化された家族 (= ごく普通とされた家族) という像が実は少数派でしかないと明らかになったのち、住まいのつくられ方も実に多様になったと思います。さまざまな家族のありようがいずれも突飛なものではないならば、住まいのあり方にももはや突飛というものはないのでしょうね。
ひところそのようなアプローチからの住まいの組み立てにも興味を持ちましたが、私自身の設計ではなかなか踏み出せず・・・
家族のありようなんて百態百様 と思う一方、人間の日々の暮らしなんてものにどれほどの差異があろうか・・・とも思ってしまいます。

 * * *

住まいと家族制度との係わりの際にしばしば建築界にも引っ張り出された(?)上野千鶴子さん、もちろん非婚ですとか家制度ですとかの第一人者ですが、怠惰な私は建築との係わりも含めその言説にはこれまで触れずじまい・・・。
その上野センセイの東京大学入学式での祝辞が先頃話題になりました。
私も東大のサイトを訪れ、新入学生のような初々しい気持ちにはなれなくとも、心に刻みつつ全文拝読しました。
読み進むうちに 気持ちが “気をつけっ!” の姿勢になります。

それにしてもニュースで見た映像、東大の入学式では先生方 あのような衣裳をなさるのだ・・・びっくり!
上野センセイも某所で 「イギリスかぶれの角帽ガウンのコスプレ」 なんて仰っていらっしゃいますが、こちらの方が印象深かったりして・・・いえ、失礼しました、折角気持ちが 気をつけっ  しましたのに・・・
  1. 2019/04/25(木) 18:15:37

- なにがどうなろうと、たいしたことはありゃせん - 宮本輝 「野の春」 流転の海 第九部

静かに そして 深く 読み終わりました

全九部 37年間にわたる執筆
あとがきにあります
「ひとりひとりの無名の人間のなかの壮大な生老病死の劇」
物語が結末へと進む中、かつての登場人物がさまざまに現れてあたかも精算するかのようです
赤の他人の沼津のお婆さんを献身的に介護した博美も 大会社の社長となって身を成した辻堂も それぞれにやはり情けない姿で物語から退場し その辻堂に相対した熊吾自身の態度も褒められたものではなく 本当に人間は様々であり 同じ人物でもまた時と場合によりふるまいにおいても感情でも様々であるなあ と感じさせられます

熊吾の最期 倒れた後の病院でひどい扱いをされ厄介払いされた先の 松坂一家にとっては見知らぬ遠方の土地である大阪狭山の精神病院
けれどもそこでの院長と4人の患者のこころとふるまいに救われた想いがします
そして桜の花びらが散り続ける雨の合間の春の野道を葬儀の参列に歩み進んでくる14人の隊列
熊吾と深く繋がったそれらの14人にわたし自身が熊吾にのり移つられたかのように過去の作中での一人一人に想いを馳せて別れを告げます
作者曰く
「新たな旅へと向かう人々がどこかの原野を楽しげに出発する光景」
人の死であり別れでありながら晴れやかに 物語の幕開けであるかのように閉じてゆきました

主に大阪が舞台の物語とあって作中の地名や店名にイメージを湧き起こしながら読み進めるのですが 大阪在住とはいえ愛知出身の私には残念ながら戦前戦後の大阪の街が描けません 現役の大阪市電にも乗ったことがなく 阪神駅裏は再開発後の駅前ビル群の姿しか知らず 昭和の大阪の風景写真などをWEB上で見ながら今の現実と重ね合わせ そのような日本の都市の移り変わりと併せて 松坂熊吾という人物を通して昭和という時代の流れ 日本の世相や風物や人間の機微などの変遷を感慨深く読みました

物語を紡ぐというたった一人だけの作業を
ひとつの物語に注ぐこと37年
その歳月に圧倒されます
壮大 の名に相応しい大作でありますけれど
決してヒーローが華々しく登場し ファンファーレが鳴り響くような 大上段に構えた劇的な壮大さ
ではなく
無名の市井の人々の 具体的で生身の日常から連綿と紡ぎあげられた壮大さ
とでもいうのでしょうか・・・

野の春
  1. 2018/12/08(土) 14:57:23

ゴム紐 二題

先頃観に行きましたお芝居
NODA・MAP 『贋作 桜の森の満開の下』
そして
現代能楽集 『竹取』

いずれにも演出でゴム紐が用いられて まさに変幻自在!

『贋作 桜の森の満開の下』では、役者が持ち込むゴム紐が、立体的に庵になったり屋根の上になったり平面の領地領域になったり・・・と思えばインタヴューが映し出されるモニター画面?額縁???
さまざまな場面を巧みにつくりだす、まさに「見立て」の面白さを存分に味あわせてくれました。
紐だけではなく 舞台全面を覆い尽くすような紙や布も用いられ、透過したり画像を映したり あるいはゆったりと空気をはらんだり という布ならではの使われ方に対して、紙はしわが寄ったり破れ (て無数の鬼が湧き出たり) たり とこちらもまた紙ならでは。
精巧に造られた大道具よりも こうした舞台効果がまさにお芝居の醍醐味。
もちろん桜の老木のセットも素晴らしかったですよ。180度回転したら 首のない黄金の大仏だなんて!
満開の桜 そして舞台に降り積もる桜の花びらもとても美しかった!

nisesaku sakura 2018

そして圧巻でありましたのが 『竹取』
最初 舞台には天井と舞台床とに鉛直に渡された 3本一組の紐が5組、竹林のイメージかな?と思って見始めたのですが、このゴム紐、天井側は固定で床側は錘で自在に動かせます。役者がそれらの錘を滑らかな動きとともに瞬時に動かし、ゴム紐は複雑に絡み合い ねじれ 膨れ もう一体何がどうなっているのやら!しかも次の瞬間にはまた全く姿を変え、こんがらがったような有り様が瞬時にすっきりしていたり・・・。
もうまったく目が離せず 役者の動きとゴム紐が織りなす形状を追っかけるのに 息つく間もありません。
ゴム紐と併せ用いられたのが 二枚の畳。この畳 裏面が紙障子となっていて 2帖の畳の間が次の瞬間引違の障子戸になっていたり、一帖の畳に一枚の障子戸となっていたり、しかもその畳/障子を立てて回転させるかのように動かす時にはその陰に隠れて役者さんも動いて一体どこから何が飛び出してくるやら!
もう驚きの連続、すっかり見とれてしまいました。
台詞で紡ぎだすお芝居でも 舞台装置でうならせるお芝居でもなく ともかく役者の動きとゴムが織りなす自在な空間のみの圧倒的な75分!
終演後には 演出の小野寺修二さんと 主演の小林聡美さん・貫地谷しほりさんによるアフタートークもあって、ともかく タイミング勝負のお芝居でした と・・・。一瞬でも狂うとゴム紐の状態がとんでもないことになりますものね。じっとしている瞬間がほとんどない進行の中で 何百通り?ものゴム紐の動かし方のパターンを順序も位置もタイミングも間違えず他の役者さんとのコンビネーションの中で瞬時に動かす・・・
ああ、考えただけでもこんがらがりそう!
いやはや もういちどスローモーションで一つ一つ追っかけて確認してみたい心持ちです。

taketori 2018
  1. 2018/11/01(木) 14:19:23

2018年度上方文化講座 『妹背山婦女庭訓』

先の建築日記に続いてようやくの夏の宿題第二弾、夏の終わりの上方文化講座受講録です。
色々なものがたて続けに壊れてしまったこの夏の終わりに、ノートパソコンの液晶画面までもが壊れて映らなくなってしまい、その修理が9月の下旬までかかってかように遅くなってしまいました。(とは単なる言い訳・・・?)

その前に
この夏、歌舞伎では高麗屋襲名披露の華やかな公演で 「女殺油地獄」 を観劇、文楽の派手に滑りまくる与兵衛を生身の人間がどのように滑るのか興味津々でしたが、さすがに生身とあってかなりリアルに油にまみれて滑って滑って!楽しめました。(が、勘十郎さんも観劇されたそうで、上方文化講座で一言コメント 「滑り足りない」 と物足りなそう、派手に滑るさまを人形で遣う師ならではの感想?でした。)
文楽では第2部名作劇場の 「卅三間堂棟由来」「大塔宮曦鎧」 を観劇しましたが、加えて文楽素浄瑠璃の会 「和田合戦女舞鶴 市若初陣の段」「曲輪文章 吉田屋の段」 を楽しみました。
上方文化講座で素浄瑠璃にも目を開かせていただき、一度文楽劇場の公演に と思いつつもなかなか日が合わずで延び延びになっておりましたのが、今年はやっとかないました。初めてのことゆえ事前にそれぞれの演目の床本を読んで劇場に出掛けたのですが、ちゃんと劇場の方でも解説を用意してくださっているのですね。語りの前に上方文化講座ご担当の久堀先生が舞台で芝居の成り立ちから背景あらすじ、そして聴きどころなどを丁寧に解説くださり、床本を読んだだけではチンプンカンプンでした和田合戦なども 「ああ、そういうことだったのか・・・」 とようやくわかった上で語りに接することができ、素浄瑠璃の魅力に触れることが出来ました。
この公演では素浄瑠璃の後、歌舞伎の仁左衛門さんと語り終えたばかりの咲太夫さんのお二人による、吉田屋についてのトークがあり、これがざっくばらんなお話しで楽しいものでした。

さて
今年の上方文化講座の演目は平成28年4月の国立文楽劇場でも通しで上演されました 「妹背山女庭訓」、その際には一日がかり10時間ほどで第一部第二部を通して観ました。第二部途中では意識が途切れながらも・・・

今回の講座で取り上げられましたのは、妹山背山の段ではなく 杉酒屋の段から金殿の段に至る四段目でした。
平成28年の公演の際には通しと言いながらも初段から忠実に順を追って ではなく、二段目が二つに割られて第一部が 〈初段+二段目のごく一部+三段目〉、第二部が 〈二段目+四段目〉 という分け方で上演され、別段気にもしていませんでした。公演パンフレットには、作品の中の二つの大きな流れを分けてそれぞれ楽しめるように、と書かれていましたが、今回の講座では種明かし、なるほど・・・興行上の理由であったのね!
そのままの流れで行くと、第一部が初段と二段目となって地味で見せ場に乏しく、吉野川を挟むあの妹山背山の段と道行恋苧環や金殿の段などが第二部に集まってしまって、そうなれば当然お客は第二部に集中してしまう というのがどうやら真相のようでした。もちろん観る側としても見せ場があちこちに散らばってくれた方が意識が継続して観ることができるとは思いますけれど・・・
そして、妹山背山の段についても、舞台の造りから左右二つの床での語りの変遷が丁寧に解説されました。
先行作の 「役行者大峯桜」 では男女をそれぞれ別の太夫さんが語るというつくりであり、対峙する双方の家には男女それぞれが含まれ従って語りの床は家別とはならず同じ一つの床であったようです。それが妹背山では、それぞれの家の登場人物を男のみと女のみに分ける工夫により、太夫の語りを男女で分ければすなわちそれぞれの家毎になり、吉野川をはさんで上手下手に分かれる妹山背山そのままに、大夫の床もそれぞれに側に分けることが可能となって効果的な演出となったとのことです。当初太夫三味線は舞台のうちに隠れて語っていたものが時代の流れの中でやがて御簾内の語りとなり、そして出語りとなって床の位置も現在のような舞台側方上手側となりました。妹背山も語りの床が妹山背山と別れていたとしても、当初恐らくは客席からは見えない位置であったものが出語りとなり、吉野川を挟んで上手下手に妹山背山の屋敷が対峙する形とともに床もまた双方の位置に設けられた現在の姿となって、視覚的にも非常に演出効果大となったようです。初めて妹山背山の段を見た時は、左右に広がる舞台の迫力に圧倒されたものでした。
その上なんとまあ、江戸時代の道頓堀での芝居小屋は通りの南側に建っていたため、舞台の上手は現実の方位では西、下手は東となって、
上手の背山=父と息子=西風(竹本座の芸風 男性的)の語り口=地理上の西
下手の妹山=母と娘=東風(豊竹座の芸風 女性的)の語り口=地理上の東
と見事に一致、現在の国立文楽劇場では舞台は客席から見て北側ですので残念ながら上手は東、逆転しています。
もっとも江戸時代の芝居小屋のような半屋外の造りではなくコンクリートのビルの内部の劇場ですので方位を意識することはありませんけれど・・・。
それでもそんなこんなの事を知れば、一層演目が親しく感じられます。

そして今回の講座の四段目
なんとまあお三輪が一途で可愛らしくあわれを誘い、求馬は ‘いい男’ を武器に二人の女性を手玉に取る、なんといかすけない奴なのでしょう!
「疑着の相」 ある女の血を得んがためにお三輪に恋をさせた上で嫉妬に狂わせて殺して生き血を得る・・・
現代の感覚で物語りの善悪や展開を裁いてはダメを承知で、でもやはり なんとまあ! と思ってしまいます。
しかも
お三輪が怒り狂っていたのは嫉妬もさることながら官女からの辱めの部分も大ではないの?
とか
刺した鱶七から真相を明かされて 「嬉しい」 と言って息絶えればもう 「疑着の相ある女の血」 ではなくなってしまわないの?
などと突っ込みを入れてしまいたくなります。
現代の尺度を持ち込めば、演目の 「女庭訓」 自体がもうセクハラだらけで話が成り立っていきませんけれどね。

さて、今年も技芸員の皆様は含蓄あるお話しをたくさん披露してくださいました。
町娘 (お三輪) とお姫様 (橘姫) の演じ分けについて
津駒太夫さんは、語りのスピード・テンポ、語尾のちょっとした上げ気味加減で語り分けられ、
清介さんは、音は変えず間を変える、と仰っていました。
人形遣いの勘十郎さんは、お姫様は型があって演じやすくお姫様らしく見せやすいのに対して、十五・六の町娘というのがとても難しい、と仰っていたのが印象的、ほんの何気ない仕草によってこの年齢の娘らしい可愛らしさが醸し出せるのだそうです。杉酒屋の段の冒頭、お三輪がほうずきを揉みながら帰ってくるシーンのちょっとした仕草のむつかしさを、そしてその場面を遣う蓑助師匠のお三輪の可愛らしさを語ってくださいました。

お三輪をいじりまくる官女の場面では
津駒太夫さんは、下品ではあっても官女として下世話になりすぎないようテクニックが必要と話され、なるほどなるほど・・・
勘十郎さんは、この場面三人遣いの官女で演ずることもあるけれど、ツメ人形の官女の方がお三輪も引き立ち面白いと仰っていました。そのツメ人形の数もわずかな人数でさも大勢でいじめ回しているように見せると・・・。
講座のおしまいの質疑応答の際に文楽の魅力を問われての回答に今年もまた清介節が絶好調なのでしたが、清介さん曰く、文楽はスピーディで面白い、それに引きかえ歌舞伎のなんと冗長なこと!と仰っていましたが、今回の講座の後で私は歌舞伎の金殿の段をYouTubeで見て文楽の同場面と見比べました。本当に歌舞伎は長い!延々続く。そしてまあなんと大勢の官女がお三輪を執拗に執拗にイビルことイビルこと!
清介さんの言うスピーディ とか、勘十郎さんの言う数体のツメ人形で というのが実に良く実感できました。

今回の講座の最終日にはその金殿の段を実演いただいたのですが、なんだかいよいよこの講座の実演も本格的になってきました。
二双の金屏風の背景、手前の手すりもちゃんと二重、下手には人形出入りの衝立も設けられ、舞台の設営も本格的。
演ずる人形遣いさんも数人の官女のツメ人形に加えて、鱶七には先頃襲名されたばかりの吉田玉助さんも今年も加わってくださって、ほぼ金殿の段をすべて上演。やはり人形一体のみでは実演はあくまで実演、物語りにはなりづらいですものね。
狭い舞台をものともせず、熱の入った実に見ごたえのある舞台でした。

その後の質疑応答で、復曲についての質疑に答えての清介さんのお話しですが、
歴史の中で途絶えてしまった作品というのは、面白くなかったから廃れた、従って歴史的に正しく復曲しても面白くない作品が再現されるだけであり、「正しく」 よりも 「面白く」 を意識して復曲する という旨のお話しをされましたのが印象に残ります。
折角復曲してもまた廃れてはその演目は受け継がれてはいきませんものね。
過去の講座でも、技芸員の皆さまは常々古典作品には敬意を払い、改変を加えずそのままに丁寧に次代へ継承していくことの大切さを話されていましたが、古典の骨格を維持しつつも演出のちょっとした工夫や復曲の気配りなどで新たな魅力を加えながら次の時代へ作品を繋げていかれるのだな、と感じました。

ところでいろいろと天候に悩まされましたこの夏、講座にも天気の意地悪がございました。
近づく台風に警報の発令が予想され、そうなれば大学としてはおのずと休講になります。
大学の方々は台風予想の情報収集と対応に尽くされ、最終日8月23日の講座予定を前日に急遽変更して、午後であった舞台実演を午前に、午前の講義を午後に差し替えられました。
そして23日当日、午後3限目中にはとうとう暴風警報が発令されて4限目の講義が中止となってそのまま今年度の上方文化講座は終講となりましたが、素晴らしい舞台の実演はちゃんと午前中に堪能できたのです。
大学側の対応ももちろんですが、技芸員の方々や舞台の設営などスタッフの皆さまの柔軟で臨機応変の対応があったからこそです。午前中の実演のためには設営準備など朝早くからのご苦労もあったことと思います。
数年前でしたが国立文楽劇場で本公演上演中に停電があった際に、太夫三味線人形遣い皆さま一向に動ぜず、懐中電灯で人形に光を当てながら何事もなかったように上演を続けられたということがあり、お客さんの中には演出かと思った方もいらっしゃったそうです。さすが伝統のチカラ!本物のプロフェッショナル!と報じられて、そのニュースを感心して読みました。それに比すればどうということもないことでしょうけれど、突発的な事項にもさらりと柔軟に対応するというのはなかなか出来ないものだと思います。
皆さまには心より感謝申し上げます。
残念ながら中止となってしまいました4限目の
人形浄瑠璃の「現代」が始まったころ─「無知な観客」の歴史にむけて─
という講座は配布されたレジメを持ち帰った自宅で読みました。
大大阪の時代を背景に、劇場の構造の変化と観劇の作法などの変化を取り上げられたのであろう資料を読んで、この講義は是非ともまた来年以降に!と期待を持ち越します。

来年の講座も楽しみです。

2018kamigatabunkakouza.jpg
  1. 2018/09/24(月) 16:40:24

彼岸花 ~ 秋の休日阪大で音楽三昧


連休の日曜・月曜と続けて近くの大阪大学でのイベントに出掛けた帰り 田んぼの畔に彼岸花
いつの間にかすっかり秋になりました

20180917higanbana (1)

20180917higanbana (2)

日曜日9/16は「ワンコイン市民コンサートシリーズ」での 武久源造・ピアノの発見第四章<ピアノ二都物語>
1800年代初めごろにウィーンとロンドンでそれぞれ作られた二台のスクエア・ピアノという古いピアノでの演奏会
現代の大音量で響き渡るグランドピアノとは一味も二味も異なるコンサートを満喫
古楽器ゆえに内部の部品が折れてしまったとかで武久さん自ら途中修理をしながら、というのも ならでは のコンサートでした

20180916Squarepiano.jpg
そのピアノはこちらで聴くことができます

翌17日の祝日は阪大博物館のプログラム「記憶の劇場」の一環の
「TELESOPHIAと芸術・文化・生活」日本ジャズのTELESOPHIA 「JAZZICTIONARY-ことばが奏で、ピアノが語る日本ジャズ史-」
というイベントで、こちらは阪大が所有する1920年製のベーゼンドルファーによる渋谷毅さんのピアノソロコンサートと、さまざまな企画に携わってこられたプロデューサー川村年勝さんのお話し。静かで深い渋谷さんの演奏は素晴らしく、また、川村さんが披露するかつての熱い時代の数々のエピソード、とても興味深く伺ってきました。そして1983年の屈斜路湖ジャズフェスティバルの記録映像、ヒノテルとタモリのトランペットバトル(!)など30分近く流されました。
あの頃といえば関西の私自身はライブ・アンダー・ザ・スカイや琵琶湖バレイなどに通っていましたが、当時のジャズフェスの空気・ジャズの曲調などを思い出して懐かしかった・・・
たまたま大阪に来られていて駆けつけてくださったという金子マリさんも渋谷さんの伴奏で2曲歌ってくださり、あっという間の3時間でした。

20180917jazzictionary.jpg


大学ではこの子たちのお出迎えもあってご機嫌な二日間でありました。
20180916handaicats.jpg
  1. 2018/09/18(火) 12:54:14
次のページ