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木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢 が  見たこと 聴いたこと 感じたこと

「KAN IZUE つり糸 出江寛展」

昨日、師匠の出江寛先生と渡辺豊和先生との対談があり、拝聴してきました
司会を工繊大教授の松隈洋先生、会場が渡辺節設計村野藤吾担当の綿業会館 と錚々たるもの
対談に先立って、併せて開催されている 「KAN IZUE つり糸 出江寛展」 へ
こちらの会場が登録有形文化財の船場ビルディングという、これまた逸品
展示を見たり会場を見たり対談を聴いたり・・・と忙しい

展示では、出江先生の書斎を再現する と先生の机に先生の思想をはぐくんだ様々な蔵書が置かれ、かつて西澤文隆先生や安藤忠雄先生らと度々インドを旅をした際などに買われた小さなヒンズーの仏像と、そしてご本人曰く 「本職は漁師」 で釣り竿や工夫された仕掛けのスケッチなどが飾られています
別室には、代表的な作品の設計過程での先生のスケッチや指示のメモ書きが、手描きの図面や建物の竣工写真のパネルとともに展示してありました
当時の出江事務所は、図面は三菱ユニカラーという色鉛筆で描いていました 鉛筆の線はこすれて汚れる、ということもありましたが、何より先生が仰っていたのは、鉛筆の黒は鈍く光ってしまうが、色鉛筆の黒は光を吸い取る漆黒の色で美しい、ということでした けれども柔らかな色鉛筆で鋭い活きた線を引くのは難しい、しかも訂正などで消しゴムで消そうにもなかなか消えない、焦って消しゴムに力が入り過ぎると紙を破ってしまう・・・と慣れぬうちには随分と苦労させられました 久しぶりに目にした図面の数々は丁寧に美しく描き込まれ、かつて日常であったこれらの図面がいまではとても神々しく思われます
そして、図面とともに飾られた、キリリと引き締まった写真の数々・・・
これらを全て撮影くださった村井修先生 その訃報を新聞紙上で先日目にし悲しんだのですが、ちょうどこの日10月29日がご葬儀の日でした 出江先生には 「村井さんの撮影に立ち会って、ちょっとした襖・障子の引き加減や飾り小物の置き方などをしっかり見てきなさい どこでも得られないかけがえのない建築の勉強になる」 と、入所早々の頃から何度も撮影のお手伝いで立ち会わせていただきました 光の量を調整するために重い重い靴拭き玄関マットを高くかざして腕ががくがく震え、数十秒かの露出時間がとても長く感じられたことなど、もう30年以上前のことなのでしょうが、ありありと思い出されます 撮影が終わった夜には、右も左もわからぬ私までもお食事などにお誘いくださり、親しく建築のこと写真のことなどをお話しくださりました 先生には、私が出江事務所を辞した後、関西国際空港旅客ターミナルビルの竣工写真の撮影でもお世話になりました 何も太陽を遮るもののない人口島での暑い暑い真夏の撮影でした 最終日には空撮をしたいと、八尾空港からセスナを予定されていましたがあいにくの天候で見送られ、「木村君、セスナ乗れず残念だね・・・」 と仰っていましたっけ・・・
そういえば今書きながら思い出したのですが、私が生まれて初めて飛行機に乗ったのも、村井先生の撮影に立ち会うべく伊丹から高松へ飛んだYS11でした 「怖かったでしょ・・・大丈夫だよ」 などと先生にからかわれたことを思い出します
先生には本当にお世話になりました
こころよりご冥福をお祈りいたします

船場ビルで展示を見ていますと、対談会に先立って松隈先生を先頭に渡辺先生出江先生が展示会場にお立ち寄り、ご挨拶をして さて、対談会場の綿業会館へ
こちらには、第二国立劇場コンペの原図と模型が展示されていました
徹夜徹夜で計画を取りまとめ、そして締め切り当日深夜の中央郵便局発送まで格闘した図面
主だった平面図は30年前に私の手が描いたもの・・・
よくもまあこんな図面を描けたものだ・・・となかば呆れるような気持で見つめます

さて、対談 最初にお二人がそれぞれの持ち時間でご講演
渡辺先生は、毛綱モン太さんのことなどに触れながら 前衛であること を語り
出江先生は 京都の 「京」 の漢字などを手掛かりに日本の伝統を踏まえた建築観 を語られました
そして、松隈先生を交えて様々なお話し
お二方が若き日建築を志し修行をした頃のことなども・・・
渡辺先生の山口文象先生や毛綱モン太さんのお話しには、以前に読んだ渡辺先生の著書 「文象先生のころ 毛綱モンちゃんのころ」 を思い起こしました。とてもおもしろい本でした
出江先生は京都西本願寺近くで過ごした幼少期の思い出から、京大施設部勤務時代になんと森田慶一先生の製図の様を間近に見て感銘を受けた話(初耳!)、竹中工務店勤務時代の岩本博行先生のお話しなど、とても興味深いお話しが続きました
竹中入社早々に中之島の住友ビル (設計 日建設計) の工事現場でのエピソードも出江先生の口から語られましたが、思い出します 私も勤務時代、打ち合わせでロイヤルホテル近くの先様まで伺うのに、南森町にありました出江事務所から歩くのです!いえ、打合せ用の図面が間に合わずギリギリまで作業をしていますので行きは大慌てでタクシーとなることが多かったのですが、ともかく出江先生はもうとっとと西に向かって足早に歩いて歩いて・・・ 帰りはもちろん歩き、結構な距離です。そしてその折住友ビルの前を通るとその度に、「角度なども微妙に異なるパネルの施工図、一つ一つ手計算で割り出して描くのが大変だった」 などと聞かされたものでした

渡辺先生は 前衛 と云うこととともに 思想 哲学 の大切さを語られましたが
出江先生の思想 この日スライドを交えて語られたその多くは私の在籍時代からも変わらぬもの、考えてみればもう随分と初期の段階から自身の思想を固められ、ぶれることなくずっと深化してこられたわけですね・・・
大変なことだと改めて感じ入ります

両先生とも結構なご高齢とはなられましたが、まだまだ厳しい語り口
いつまでも先生方に倚りかかってばかりではいけませんが
いつまでもお元気で、関西の日本の建築界に鋭い目を光らせていていただきたいものです

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この日たまたまカメラ持っていましたのに・・・
対談の様子やら展示の数々やら 撮っておけばよかった と思うも後の祭り・・・
  1. 2016/10/30(日) 07:06:52
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