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木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢 が  見たこと 聴いたこと 感じたこと

上方文化講座2017 「祇園祭礼信仰記」

すっかりと記載が遅くなってしまいました
すでに10月
ですが 今年も夏の終わりの三日間、受講してまいりました 上方文化講座

しかし・・・
すみません どうも今年は印象が薄い

やはり 「祇園祭礼信仰記」 になじみがない ということがあったのだと思います
加えて技芸員の皆さまも 今年は割とおとなしかった?

馴染みがない 「祇園祭礼信仰記」 ですのでなおさらそれなりに(!)予習は重ねて講座には臨みました
図書館にも関連書や床本が見当たらなかったのですが 幸い 咲甫太夫さんのサイトに 鳶田の段・是斎住家の段・金閣寺の段・爪先鼠の段 の掲載があり (http://www.sakiho.com/Japanese/bunraku/scripts/gionsairei.html) それらを読んで
 さらに歌舞伎のサイト (歌舞伎演目案内 http://enmokudb.kabuki.ne.jp/repertoire/338 歌舞伎への誘い http://www2.ntj.jac.go.jp/unesco/kabuki/jp/5/5_04_08.html) で 概要や人物の相関、見どころなどを事前にチェック

さて 今年も最初に文楽案内と題した概論講座的な授業があり 今年のテーマは
曲風・大道具など
床本を読む際に 「詞」とか「地」とか「ハル」「フシ」とか脇にふってあるアレです
が 実際の浄瑠璃の録画録音を解説を添えて聴いても 音痴の私にはどうもよくわからない・・・
西風・東風 と言われても ウーーーン? の有り様です
人形浄瑠璃文楽は 見るもの か 聴くものか という話が2-3年前の講座でもありましたが 素浄瑠璃の公演にも足を運ばず お芝居の世界から文楽に頭を突っ込んだ私としては 聴く浄瑠璃はまだまだ到達できぬ奥深い世界です
昨年は芝居小屋の話しで建築畑の私には喰い付きのよいテーマでしたが その分今年は ??? での幕開けとなりました

一方音痴の私でも さすがは太夫さんの人物の語り分け
人形浄瑠璃は床本を読んでいても いったいこれは誰のセリフ? と分からなくなることが多いのです
現代演劇の戯曲では 台詞とト書きがきちっと分けられ 台詞も 誰 のセリフかが明記してありますが 文楽の本ではこれがさっぱりわかりません 私が眼にする講座のテキストなり古典文学集成などの本では ルビや句読点が打たれたり改行されたり と随分と分かりやすくしてあるのですが それでも 誰のセリフか というのは話しの流れの中で読み解くほかなく・・・
けれどもこれを太夫さんの語りで聴きますと 一人一人の登場人物がしっかりと語り分けられますので 聴いていて素直に理解できます
今回の 「祇園祭礼信仰記」 では 特に碁立ての場面 テンポよい台詞の応酬が面白いのですが 語りを聴くまではちんぷんかんぷんでした・・・

さて
金閣寺の大きなセットが上下する 「祇園祭礼信仰記」 ということで設けられたもうひとつのテーマ 大道具
やはりそれなりの大仕掛けなので文楽では上演の機会が少ないのだそうです
今回歌舞伎で予習したのですが 確かに歌舞伎ではセットが派手に動くものをよく眼にします これが可能なのも歌舞伎の高い観劇料とそれを支払うお客の多さ?
文楽って歌舞伎に比べると随分お値打ちですからね
今年の夏の大阪は 大阪が舞台の夏芝居 「夏祭浪花鑑」 が歌舞伎と文楽とで揃って上演されまして いずれも観に出掛けたのですが (前に書きました
三階席で観た歌舞伎よりも 友の会で買った最前列中央舞台かぶりつき席の文楽の方が はるかにお安い!
考えてみれば 例えば一般の演劇の場合は 2時間ほどの上演で約一万円
上演時間の長い文楽って時間当たりの単価を考えると驚くほど安い 友の会ならなおさらで 一万円未満で朝から晩まで文楽漬け 通し狂言が観れてしまいます
大掛かりなセットがつきもののオペラやミュージカル (同じ生演奏付でも文楽よりもはるかに演奏者も多い!) となると バカにならない制作費の元を取るため ン万円のチケットに 劇場も 2000-2500人!収容で かつ ロングラン
それに対して国立文楽劇場は 731席 東京の国立劇場小劇場では 560席 と こじんまりしています
ちなみに 歌舞伎の大阪松竹座は 1033席 2階3階がある分席数が多くなっています
なるほど これでは確かに興行面では文楽公演では大掛かりなセットは打ちづらいでしょうね・・・
大道具から とんだ生臭いところに話がそれてしまいました

ついでながら 最終日の技芸員さんのお話しの中で 津駒太夫さんが
「国立劇場小劇場のほうが国立文楽劇場よりも音がよく 演っていて楽」 
というようなことを話されていましたが 音響設計云々もさることながら まずは劇場の容積 (気積) が影響あるでしょうね
もうひとつ 津駒太夫さんの音の響きにかかわるお話し
講座の開かれる教室に設けられた仮設の床には 背景に金地の衝立が立てられています
場としての視覚的な効果のものだとずっと思っておりましたが これがあるとないとでは音の響きがまったく違うのだそうです
見た目にもそれはあるとないとではまったく違いますけれど・・・
しかし音響効果上必須の反響板だったとは!
受講を始めて ウ年目にして初めて知った新事実でした

その津駒太夫さんを恨めしそうに見つつの清介さんのお話し
「大夫さんは床本を見ながら語られるのに 三味線弾きは全部暗譜・・・」
音曲だけでなく 語りの床本もすべて覚えられるのだそうですが この理由や経緯については定かではなく
「何や知らんけど 昔からそうですねん」 とのこと
清介さんによれば 三味線弾きとは昔は盲目の人で それでそうなったんでしょうな ということでしたが
検校さんとか瞽女さんとか お琴三味線みな目の不自由な方々でしたね その流れなのか・・・

技芸員さんのお話しの中ということでは 勘十郎さんの 爪先鼠の話しが興味深かった
縛られた雪姫が 足で桜の花びらをかき集め 爪先で鼠の絵を描くとそれが本物の白鼠となって 雪姫の縄目を喰いちぎる というくだりです
人形浄瑠璃の女の人形には足がなく 足遣いさんが着物の裾の中の「ふき」を指ではさんでさも足があるように見せかけるのですが この足の爪先で鼠を描く場面 となると当然観客の視線も足先に集中
過去 八百屋舞台 (前傾の舞台) にして鼠を描くところを見やすくしたりとか 女の人形にも足をつけて描いて見せたり という演出をしたこともあるそうですが 勘十郎さんは やはり足を使うのは好きではない と・・・
そして実演でも足を用いずの演技でした
足が見えないのに けれども 足の爪先で花びらを集めて鼠を描く
これがやはり何とも言えず美しい
実際の足先が見えて鼠を描かれるよりも はるかに観客の心にはうつくしく描き出される そう感じました
見せるのではなく あえて見せないことで観客の心のうちに よりうつくしくくっきりと描きだす まさしくお芝居ならではの魔法です
また この場面での雪姫は縛られていますので手の自由がききません
手を使わずに 顔の向き 身体の傾き加減 のみでのむつかしい演技 ということなのでしたが 切なさに溢れてとてもとても見応えあるものでした

kamigatakouza2017.jpg
大学のYouTube公式チャンネルでの上方文化講座2017は下記をどうぞ
https://youtu.be/h0Lu2F1gg4I
  1. 2017/10/03(火) 19:23:37
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