建築の眼 JAZZの耳 ; tetsuyakimura_weblog

木村哲矢建築計画事務所 木村哲矢 が  見たこと 聴いたこと 感じたこと

京大タテカンに想う

少し以前から新聞紙上で 京大タテカンの記事を度々目にし 先週末には大学当局が強制撤去して その後のイタチごっこなども伝えられています
多少なりとも都市景観・美観にかかわると思っている身であります一方 かつてそこで4年間過ごしてひいき目の立場としましては タテカンいいじゃないの・・・とも思ってしまいます

古都の美観の保護形成を目的とする市条例からすれば もちろん吉田キャンパス周辺にも寺社寺院はありますけれど それらを著しく脅かしているわけでもなく そして京都大学の佇まいもまた京都ならではの独自の景観を形成してきていると思うのですが・・・
そしてその大学キャンパスのありようとタテカンとはもう長年の間に混然一体となって タテカンあっての大学風物 もうすっかり京都の景観に定着しているように感じてしまうのですけれど・・・

初めて大学のキャンパスに足を踏み入れた18歳の頃 一番に “京大に来た” との感慨?を持ったのは 時計台のある景色ではなく 道に沿った長い石積みと そこに列をなした様々のタテカンでした
部活サークルの勧誘のタテカンあり 思想学問を問うタテカンあり サイズも表現も もう百花繚乱でにぎやか 地方から上洛した身には これが京大なんだ と素朴な胸のウチをなんだかウキ立たせるものがあったのです
時計台は 言ってみれば 権威のシンボル 学問の牙城としてのシンボル であるのに対し
タテカンは 自由な気風のシンボル ですものね

タテカンも巨大な広告なのでしょうけれど 固定物ではなく あくまで仮設物なのですし
市条例による指導に基づいて当局が はい承知 と撤去に至るのも らしくないなあ と感じてしまうのは まったくの身びいき?
キャンパス内部の ここなら許してあげる と指定された場所だけに タテカンを並べるなんて まったく らしくない し (まあ あり得ない) そもそも 外に向かって 問いかけ発信するものですものね

「日本に、京都があってよかった。」 とは京都市のキャッチコピーですが

京都に 京大があってよかった
京大に タテカンがあってよかった

私の建築学科も既に吉田からは追い出されていますし
「よかった」 は 感慨の 「よかった」 ではなく 過去形の 「よかった」 になりつつあるのでしょうか???

京大正門1978
当時の京大正門
教養部正門1978
当時の教養部正門

たまたま手元に出てきた入学当時の写真 (ちょうど40年前!1978)
残念ながら東大路や吉田神社参道のタテカンを写した写真は見当たらず・・・
  1. 2018/05/17(木) 06:43:15
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